１　松野町の農業と県営農地開発事業

（１）　昭和30年代から40年代の松野町の農業

　　ア　松野町の農業の様子

　「私（Ａさん）は公務員として働いていたときから農業をしていましたが、平成６年（1994年）に退職してからは農業を専門でやっています。
　私は三間(みま)町の出身で昭和37年（1962年）に松野町に来ました。当時の松野町では、水田では稲と麦を栽培していました。麦は千歯こきや足踏みの脱穀機などを使っていたので稲の裏作としては手間が掛かったことを憶えています。昭和40年代に入ってから農業機械を購入しましたが、農業機械によって稲や麦を作る労力が大きく変わりました。」
　「私（Ｂさん）は、家が農家で現在は五郎丸団地で農業をしています。父は専業で農業をしていましたが、20年前に父が亡くなってから私が後を継いで、妻と２人で農業をやっています。モモやユズは農協に出荷していますが、米については自家消費です。私が幼いときは父が稲作と養蚕などをしていたことを憶えています。」

　　イ　養蚕

　「私（Ｂさん）が幼い頃は、養蚕が盛んだったので桑の栽培が多かったのですが、現在はなくなりました。桑で蚕を育てて繭にして出荷していたことを憶えています。」
　「昔はどの地域も同じだと思いますが、畑では桑を育てて養蚕をやっていました。松野町でも養蚕農家が多く、桑を植えて蚕を育てていました。生糸の価格が低迷して農家は養蚕をやめましたが、松野町では桑の後は作付けをせず休耕している土地もあったことを私（Ａさん）は憶えています。」

　　ウ　葉タバコの栽培と乾燥室

　「当時、収入が良かったので、松野町では葉タバコを栽培しているところもありました。私（Ａさん）の家でも葉タバコを栽培しており、乾燥場もありました。延野々で葉タバコを作っていたのは５人か６人だったと思います。
収穫した葉タバコは、ひもで結んで薪をたいて乾燥室で２、３日乾燥させます。乾燥させている間は目を離せず、２、３人が交代で見ていました。タバコを生産しなくなった理由は利益が少なくなったことだと思います。今は松野町で葉タバコを栽培しているところはありません。」

　　エ　酪農

　「私（Ｂさん）の家では、昔から稲作も行っていたので、牛を飼っていました。また、幼い頃は家に乳牛もいて、搾った乳を出荷していました。牛舎が今も残っていますが、２頭か３頭、農業の傍ら牛を飼っていたのだと思います。子どもの頃に餌やりをした記憶があります。」

（２）　県営農地開発事業

　　ア　県営農地開発事業の様子

　「生糸価格の低迷により、農家は養蚕をやめていきました。そのため、作付けをせず休耕している土地が増えていました。そのような状況の中、昭和50年（1975年）から昭和57年（1982年）に掛けて、松野町の各地区で県営松野地区農地開発事業が行われ、私（Ａさん）も関わりました。
　農地開発事業は地域内適地に整備された農地を拡大し、近代的な農業経営で農業所得の増大を図り、地域の総合開発にも大きく寄与することを目的として行われました。約150haを開墾しようということで計画されましたが、最終的な造成面積は約111haになりました。
　モモもお茶も農地開発事業から栽培されるようになりました。
　町内各地に農業団地が16団地できました。五郎丸団地、緑ヶ丘団地、見残団地、陳ヶ森団地、小越団地、忠次郎Ａ団地、忠次郎Ｂ団地、立石団地、久米地団地、須山団地、黒ヶ谷団地、面谷団地、宮田Ａ団地、宮田Ｂ団地、鈴井団地、西団地です。当時の植栽品目は、茶、花木、桑、クリ、モモ、ユズでした。五郎丸団地、緑ヶ丘団地、見残団地、忠次郎Ａ団地、忠次郎Ｂ団地ではモモの栽培が多く、鈴井団地では茶の栽培が中心でした。立石団地と宮田Ａ団地は花木の栽培が多く、須山団地、黒ヶ谷団地、面谷団地ではユズとクリ、桑などが多かったです。
　また、道路の整備も行われ、幹線農道2,736ｍ、支線農道6,301ｍ、連絡道路13,276ｍ、耕作道35,285ｍが整備されました。」

　　イ　モモ栽培を提案

　「当初、松野町からは茶と花木の植栽を進める計画が示されました。当時は茶の価格が良かったので茶の栽培を増やしていこうということでした。
　私（Ａさん）たちはモモの植栽をしようと町に提案すると、町も取り上げてくれて多くの団地でモモを植えることになりました。モモ以外にはユズや茶、クリ、桑、花木等が植栽され、私たちの団地である緑ヶ丘団地はモモとクリを植えました。緑ヶ丘団地は、松野中学校の裏にある団地です。モモは嫌だという人もいましたが、緑ヶ丘団地の植栽面積は4.7haで、そのうちモモは3.5haを占めていました。松野町のモモは糖度が高くておいしいと評判になり、松野町の特産品になりました。」
　「県営松野地区農地開発事業で山を開拓して農業団地ができました。モモの生産は農地開発事業をきっかけに始まり、当時はモモを栽培している農家が多かったと私（Ｂさん）は聞いています。茶や花木も多かったそうですが、茶や花木は生産単価の関係で採算が取れないということや高齢化が進んだことで、現在は生産している農家が減っています。」