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伊予の遍路道(平成13年度)

(3)西山興隆寺経由の遍路道

 前述した東予市安用長縄手の茂兵衛道標(57)のある分岐点からまっすぐに丹原町中心部を目指して行くのが、主な遍路道(生木道)であったが、途中西山興隆寺を参詣する遍路も多くいたようである。西山興隆寺は、丹原町商店街の西方、標高約300mの所にあり、老杉や紅葉に覆われ森閑とした古刹(こさつ)である。本堂・宝篋印塔(ほうきょういんとう)・銅鐘などは国指定の重要文化財である。この茂兵衛道標(57)のある分岐点から、西山興隆寺を経て生木地蔵に至る道が「西山お四国さん道」である。県道徳能伊予三芳停車場線(150号)は大正12年(1923年)に開通したものだが、それ以前の遍路道は前述の和霊神社で右折し、また現在の県道150号と合流する。途中から丹原町高知に入り、少し行くと右手に大師堂がある(写真3-2-22)。遍路道はこの大師堂の手前120mほどで県道から左折し、しばらくして右折し大師堂を約100m過ぎた地点で再び県道に合流する。以前はこの合流地点北側に大師堂があったという。
 遍路道はさらに県道を500mほど南下し、そこから道は二手に分かれる。左手の県道はやがて県道壬生川丹原線に至る。一方遍路道は右手の道を進み、家並みを通って徳田小学校に至り、四つ角を右折して、県道関屋今井線(151号)に入る。ここから県道151号を行き南西に坂道を約450m登り、走田池の手前を右折して古田の家並みに入る。坂道を西へ進み古田庵を経てさらに西に500mほど行くと、西山興隆寺の参道口に至る。ここから本堂までの参道には、多くの句碑とともに舟形石仏丁石が「八丁」「七丁」と続き、「五丁」の舟形丁石手前には「弘法大師の杖と足の跡」の大きな石(写真3-2-23)がある。この参道には以前このような石が三つあったというが、今は一つになってしまった。やがて御曲流宣(みゆるぎ)橋を渡る。この橋は『愛媛面影』に「興隆寺門前に在る所の橋をいふ。和爾雅・三才図会等に載(せ)て伊豫国の名所とす。(中略)空海の歌とて みほとけの法の御寺の法の水ながれも清く見ゆるぎの橋<33>」と記されている。
 興隆寺を出て生木地蔵に至るまでの遍路道は次のようである。参道を下り六角堂過ぎの分かれ道で右の道を進み、県道151号を越え、さらに東に進み山沿いに右へ緩やかに曲る道を進む。右折して150mほど行ったところで右の小さな道に入り、こんぼい池と新池の間を通って久妙寺に至る。久妙寺には大師堂が残っている。久妙寺を出て地蔵堂の前の道を南東に向かい、丹原勤労者体育センター前を通って生木地蔵に至る。

写真3-2-22 西山興隆寺への遍路道途中の大師堂 

写真3-2-22 西山興隆寺への遍路道途中の大師堂 

右の道が「西山お四国さん道」である。丹原町高知。平成13年6月撮影

写真3-2-23 弘法大師の杖と足の跡

写真3-2-23 弘法大師の杖と足の跡

西山興隆寺参道。平成13年6月撮影