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愛媛の技と匠(平成9年度)

(2)むらさきに魅せられて

 醤油(しょうゆ)は、味噌と同じく奈良時代以前からつくられていた穀醤(こくびしお)(*5)から変化発展したものとされている。味噌と異なるのは、中で働く麴が醤油用麴菌(Aspergillus sojae)であることが大きな要因である。また、醤油は日本独自に発達した和食の代表的調味料であり、味付けのもととなることから『下地』とか、色あいから『むらさき』などともよばれる。
 愛媛県にも各地域に醤油屋は存在しており、地域の味をつくってきたが、現在は大手の醤油メーカーの大量生産におされ、数が少なくなってきている。そこで、今も双海町で本醸造の味を守り続ける人々を取り上げ、醤油にかける意気込みや、その味を料理に生かそうとする人々のこだわりの姿を追った。

 ア 町の醤油屋さん

 **さん(伊予郡双海町串上浜 昭和23年生まれ 49歳)
 醤油は農村地帯では、味噌と同じように自家醸造も多かったが、町にはかならず1軒は醤油屋があった。いまも本醸造の味を守り、町の醤油・食卓の下地をつくっている**さんに話を聞いた。

 (ア)味を守って

 「わたしのところは、祖父が大正13年(1924年)閏住(うるすみ)地区(双海町内)からここにでてきて職人を雇ってやりだしたのが始まりです。本格的にやりだしたのは、父の代からで、わたしで3代目になるんです。今年(平成9年)で創業73年目になります。わたしの醤油づくりは、昭和54年(1979年)に父が亡くなり、工程ごとに作業や材料の分量を書き込んだ父の帳面を見ては、母に聞きながら始めました。」と静かな口調で**さんは話しだした。その受け継いできた薄口醤油づくりの話を工程ごとにまとめてみた。

   a 醤油麴づくり

 「醤油の原料は、大豆と小麦です。大豆は水でよく洗い、その容積の130%の水で蒸して柔らかくしたものに、大豆と同量の小麦を軽くいり、四つ割程度に割り砕いてよく混ぜ合わせ、それに、種麴(醤油用麴菌)を均質に混ぜ込み、もろぶた(麴蓋)にのせて、麴室に約3日間寝かせ、醤油麴をつくり、4日目に室出しをします。
 麦は、松山市にある愛媛県醤油味噌協同組合から買って使っていますが、近くで麦をつくっている人から買ったこともあります。10年前まではうちで醤油麴を春と秋につくっていたんですが、なかなか人手もないんで、今は北条市にある醸造屋で、醤油麴をつくってもらっています。」

   b 仕込み

 「醤油麴の容積の100~130%の量の人工海水(井戸水を使った飽和食塩水)を、仕込み蔵の仕込み桶に入れておき、それに室出しをした醤油麴を擢(かい)で混ぜながら少しずつ入れていきます。
 一般に、塩水と原料の大豆と小麦との配合比率は十二水仕込みでやります。十二水仕込みとは、大豆5石(1石は10斗、180ℓ)・小麦5石に対し、塩水12石の配合割合をいうんです。
 主に春仕込みと秋仕込みとあります、年間に7回から8回くらいは仕込みます。」

   c 諸味(もろみ)の櫂入れ

 「仕込んだものは、1年くらい熟成させ醤油諸味をつくります。うちには、桶が9つありますが、去年の4月に仕込んだものは、今年の4月に搾り、すんだら空の桶にまた仕込んで、来年の4月に搾るというようにしています。その1年の間、諸味を2日に一度は櫂を入れて混ぜて醤油麴と塩水の混和状態を均一化し、酵母菌(蔵に存在する醤油に関係する天然の酵母)の繁殖を盛んにしているんですよ。温度管理は、ほとんど自然のままですが、昔からの蔵ですので年間大きな変動はないんです。
 刺身醤油は、塩水を使わずに、生醤油(熟成した醤油諸味を搾ったもの)を使っています。そして、諸味として寝かす期間も3年寝かせています。桶も、刺身醤油用のものでやっています。
 仕込みの木桶は、回りを鉄工所で鉄で締めてもらったこともあるんですが、だめだったですね。最近その木桶もすこしにじむように漏れていたので、FRP(繊維強化樹脂)を張ってもらったりもしたんですよ(写真1-2-8参照)。」

   d 圧搾(あっさく)

 「搾り出すときには小出しでポンプを使って、熟成した醤油諸味をすこし小さい桶に出しておいて、そこからポンプを使って、おしふね(搾り出す機械)にまでくみ出すんです。おしふねでは、醤油諸味を木綿の諸味袋につめ、それをいくつか積み重ね重石(おもし)をのせ、てこの原理による棒締式で圧搾します。搾り出した物は、おり引桶にいれて不純物を取り除きます。諸味袋に残った搾り粕(かす)は、再度、塩水と混ぜて二番醤油の諸味とします(写真1-2-9参照)。
 醤油の搾り粕は麦と大豆ですから、以前は養豚をやっている人にあげていました。今は産業廃棄物として処理してもらっています。」

   e 火入れ・おり引

 「おり引桶に移された生醤油を、火入れ場の味付け釜にいれ、85℃まで上げています(写真1-2-10参照)。あまり温度が上がり過ぎると、風味がなくなってしまいます。その時に、カラメルを入れ込んでつくりますと濃口になります。
 火入れをした液を、別のおり引桶に4、5日程度そのままにしておいて、自然冷却し温度を下げて瓶詰にします。瓶詰の時には、おり(沈殿物)ができますので、上澄みだけをポンプで吸いあげます。雑菌が多く入っていると、おりの量がたくさん出てきますので分かります。」

   f 薄口醤油

 「醤油の値段は全国的に決まっているんですよ。品質には等級が3種類ありまして、特級と上級と標準となっています。それは、中に入っている成分(全窒素(ちっそ)分・無塩可溶性固形分・アルコール分)や色度で決まってきます。窒素分が少なくなると、色も味も薄くなって、どじがらく(塩辛く)なるんです。
 毎月、松山市にある愛媛県醤油味噌協同組合の3人の方に検査していただいて、点数を付けていただくんです。
 寝かし(熟成期間)が早かったら、味が違ってきますよ。わたしが仕込み始めて最初のころ、仕込みが遅れて、寝かしを6、7か月で搾ったことがありました。そのときは、地元の方から『このあいだのは、ちょっと味が違っていた。』と言われたことがあり、ひやっとしました。地元の方は毎日使ってもらっているものですから、うちの醤油の味にはうるさいんです。」

 (イ)醤油の販路

 「販売先は、町内が70~80%です。あとは、父の代から卸している松山市内のうなぎ屋さんや10年以上も前から取り引きしている大洲のうなぎ屋さん、あるいは7、8年前から取り引きするようになった大洲のうどん屋さんとか他にも何軒かのうどん屋さんに卸しています。どこからか口コミで広がるらしく、他のうどん屋さんからの注文もあるんですが、うちには9つの仕込み桶しかないのでお断りするんです。
 大口は、松山のうなぎ屋さんで、毎年5月から7月の間に1升瓶で700本から800本くらいいれています。そこでは、うちの醤油をベースにうなぎのたれを仕込んで、広島の方に送っているようです。また、うどん屋さんやうなぎ屋さんには、注文に応じて特別につくっています。例えば、色を濃くしてくれという場合はカラメルを多く入れたり、うなぎ屋さんのように味を濃くしてくれといったら、刺身醤油を入れたり水あめを多く入れたりするんです。
 うちの醤油の中で、刺身醤油はよそのとすこし違い評判がいいようです。新鮮な魚にあうように父が研究したんです。双海町の漁船は、必ずうちの刺身醤油を1本は積んでいるようです。
 また、横浜に知り合いがありまして、東南アジアの方への輸出をしてはと、いわれたことがありましたが、うちはつくる量が限られていますのでやめました。」

 イ 醤油にこだわって

 **さん(松山市花園町 昭和34年生まれ 38歳)
 **さんがつくる醤油にこだわって、料理のベースとしている**さんに、醤油へのこだわりについて聞いた。

 (ア)味をつくって

 「わたしの父が太平洋戦争後、中国東北地方(旧満州)から帰ってきて、うなぎの卸しをしてたんですが、機会あってうなぎ屋をやるようになったんです。その時に、たれのベースになる醤油を**さんの醤油にしたようでして、それ以来の付き合いです。
 わたしが後を継いでやるようになって、香川の醤油も使ってみようかというので検討したんですが、塩分の問題もあると思うんですが、ちょっと合わないんですよ。また、**さんが2、3か月ほど休まれたときに、**さんが友達の醸造屋さんに、成分や仕込みの分量や方法を教えてつくってもらったことがありますが、やはり味が違うんですよ。それだけ醤油の味は、同じつくり方、同じ成分でつくっても、つくる人によって違うんです。醤油でもつくる人の人柄が出ますので、**さんのつくる醤油はすごく柔らかいですよ。
 わたしがうなぎのたれをつくりだしたのは10年前からですが、自分の納得できるようになったのは、3年前に父が亡くなる少し前くらいからですから、まだまだ修行中です。」

 (イ)たれづくり

 たれは店それぞれに独自の秘伝があるが、そのあたりのことを**さんに聞いた。
 「たれは、濃口醤油に甘みを付けていくんですが、醤油自体がおいしくないと、だめです。どういう醤油がいいかというと、舌に入れたときにどのへんに辛味を感じるかですね。そのあたりは、口では表現しにくいですね。**さんにも、『卸してもらう醤油は、火入れで何℃以上には沸かしてくれ。』とかいろいろ注文は付けます。
 たれは、陶器製のたれのつぼに父の代からのつくり置きのものがありまして、それにそういったおいしい醤油でつくったたれを継ぎ足し継ぎ足ししていくんです。だから、たれは、使いきらないようにして半分以上は残しておくんです。また、新しく継ぎ足してつくったたれは、すぐには使わないで熟成させて前のたれと同じ味にしてから使うんです。
 実際にたれを使う時には、1回にずんどう(1.8ℓ缶が8缶くらいはいる円柱の鍋)を三つくらい用意し、4、5時間くらいかけて炊きます。その間、あく取りをこまめにします。こうしてできたうなぎのたれの味は、甘すぎなく辛すぎない、マイルドなたれに仕上がっていますが、これも感覚ですので表現しにくいですね。夏場は、1日に1斗(18ℓ)くらいは使いますので、2日か3日おきに、たれを炊いています。広島のスーパーにも6、7月で18ℓ缶で2、300個は卸してるんです。**さんのほうも毎年夏場は大変です。あんまりペースが早すぎると、**さんのペースがとれないので、前もってこれぐらいつくって欲しいと、いっとくんです。」

 (ウ)蒲焼き

 おいしいたれが生きる蒲焼きについても**さんに聞いた。
 「うなぎは高知と宮崎、鹿児島の養殖場から仕入れています。養殖のウナギは、入荷して4、5日は『たてば(流水のあるいけす)』というところで飼って、不要な脂肪を取って身を締めるんです(写真1-2-11参照)。水は、井戸水を使っています。この辺は、井戸水がきれいです。
 深い青色したうなぎは、脂がよくのっていますから、締めて食べるとおいしいですね。
 うなぎは、一人の人間がさばきから焼きからたれからやればいいんですけれど、それは無理ですから分担してやっています。
 まず、さばきでうなぎを開くんですが、開きは、関東風の背開き(関西風は腹開き)です(写真1-2-12参照)。腹開きの方がすこし難しいんですよ、肝を取ったりするのでも背開きの方がきれいに取れます。焼きは関西風でやっています。関東風にすると蒸しますので、うなぎ本来の味がなくなると思います。また、焼きも素焼きと本焼きとがあり、素焼きで中まで火を通しておいて、本焼きでたれをつけて焼くわけです。わたしたちは常々『焼きは一生』という気持でおり、根気よく丁寧に焼くことが重要だと思っています。」


*5:醤油の原形になったものは、穀類や鳥獣魚類や野菜・海藻などの材料に塩を加えて発酵させる醤である。それぞれ穀醤
  (こくびしお)、肉醤(ししびしお)、魚醤(ぎょしょう)、草醤(くさびしお)と呼ばれていた。現在も東南アジアには、ベト
  ナムにニョクマンというくせの強い魚醤が存在する。日本にも、秋田県に小魚と塩でつくるしょっつるという魚醤がある。
  香川県にもいかなご醤油などがあった。

写真1-2-8 仕込み桶

写真1-2-8 仕込み桶

木の櫂が2本見えている。平成9年7月撮影

写真1-2-9 おしふね

写真1-2-9 おしふね

熟成した醤油諸味が三つの諸味袋につめられている。平成9年7月撮影

写真1-2-10 味付け釜

写真1-2-10 味付け釜

平成9年7月撮影

写真1-2-11 たてば

写真1-2-11 たてば

左:たてばの中のうなぎ。右:上から流水が落ちるたてば。平成10年2月撮影

写真1-2-12 蒲焼き

写真1-2-12 蒲焼き

開きは、関東風の背開き。平成10年2月撮影