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愛媛の技と匠(平成9年度)

(3)本物志向のお酢づくり

 **さん(新居浜市郷 昭和3年生まれ 69歳)

 ア 酢づくり一本

 酢は、古代には「苦酒(にがさけ)」と呼ばれ、酒の一種または酒の熟したものと考えられていた。事実、酢をつくる酢酸(さくさん)菌は、アルコール(エチルアルコール)を材料に酸化発酵(酸素を必要とする発酵)を行い酢酸を生産する。
 酢は健康食品として一般に需要が伸びている。しかし、地域の醸造元の中には、大手メーカーの生産の伸びの余波で廃業するところもみられる。
 愛媛県では、醸造酢協会に加入している醸造元は7軒あるが、そのうち戦後まもなくから酢づくり一筋の**さんに話を聞いた。

 (ア)酢づくりのきっかけ

 醸造業の中でなぜ酢づくりに情熱を傾けてきたのか、酢づくりのきっかけを**さんは次のように語った。
 「昭和23年(1948年)ころには、酢というのは醸造酢というのが少なくて、合成酢(氷酢酸(ひょうさくさん)(*6)を原料にしたもの)ばっかりで、これは体にどうじゃろうかと疑問をいだきました。そこで、健康のためには酢はやっぱり純粋な醸造酢じゃないといかんと思い、米・酒粕などの原料から醸造した酢をつくることが社会のためになるのではないかというので研究を始めたんです。」
 第二次世界大戦中や戦後の物資が不足していた時代には合成酢が主であったが、昭和43年(1968年)ころから醸造酢にかわってきて、昭和45年には「食酢の表示による公正規約」が施行された。昭和54年(1979年)には食酢の日本農林規格(JAS)が公告され実施されることとなった。それによると、現在市販の食酢は、醸造酢と合成酢に分けられ、さらに醸造酢は穀物酢と果実酢と醸造酢(粕酢)に分けられている。
 **さんは、酢醸造の研究に取り組み始めたころのことを次のように語った。
 「全国には、酢をつくる杜氏(とうじ)がおりませんので、私が独自の研究をするしかなかったんです。その時に参考になる本は、全国で1冊だけありました。それは、松山の三津浜出身の永木洋三郎(元岡山県の工業試験場長)の『一部醸造酢について』という本で、それを頼りに始めました。また、その当時家内の父が、酢の醸造に賛成してくれて力になってくれたり、古くから酢づくりをやっていた高松などに見学に行って帰ってから実地に研究したりの繰り返しでした。その間に、調味料や酒の免許をもらい、その販売をやっていましたが、いずれは酢一本でやりたいと思っていましたので、醸造酢の研究を続けていました。そのかいがあり、約7年の歳月をかけ、良質でほぼ等質の醸造菌の開発・培養に成功しまして、当時丸亀市(香川県)にありました通商産業局から昭和30年(1955年)に醸造酢の製造承認を得ることができました。それから、本格的な酢醸造を始めました。」

 (イ)一梅菌との出会い

 独自の研究で、強力な酢酸菌を見いだした経過を**さんは次のように語った。
 「菌のもとは、空気中にたくさんおるわけでして、例えば熟柿(じゅくし)をつぶして瓶の中に入れて、1週間くらいするとある程度のアルコールと酸ができます。酢をつくるのも、ブドウとか酒粕の諸味とか甘酒とかを入れ込んでおくとできるんですが、元の発酵菌が一番大切なんです。そして、酢の菌は何十種類とあり、その中からいい菌を選んでいくのが大変なんです。
 アルコールがあるとそれを食べに、酢酸菌がうっすらと浮いて膜をつくるんです。これを菌膜といいます。これは、酢酸菌が空気を吸わんといけないので、表面についとるんです。これを表面発酵というんです。そして酢酸(分子量60)ができたら、その酢酸はエチルアルコール(分子量46)より重いので下に沈んでいって、そして下から軽いエチルアルコールが上がってきて、まわりもって酸化発酵(*7)するんです。この性質を利用してまず小さい桶に4%のエチルアルコールを入れてそこに酢酸菌を移植し繁殖させます。できた薄い絹状の菌膜(酢酸菌の塊)を、目の細かい網ですくって、もう少し大きな桶に移植し増殖させ、できた菌膜をさらに大きな樽に移植し、これならという菌の量ができたら6尺桶(口径が約1.8mの桶)に移植しまして、本格的な製造にかかります。
 また、酢酸菌は人間の体と一緒で35~37℃の温度で生きており、酸素がいるので、夏がきてあんまり暑いと暑気(あっけ)するし、冬がきてあんまり寒いと風邪ひくんです。ですから、冬がきたら、菌の入った桶にこも(わらでつくったむしろ)をかぶせたり、夏がきたらはいだりして温度の調整をします。」
 研究熱心な**さんは、さらに強力な菌を求めて、次のような作業をした。
 「それらの菌を、実際培養して次から次に強い菌の培養にもっていってから、かれこれ45年くらいになります。その間に、純粋菌同士の混合培養によって3、4回くらい親の菌と違う強い菌が、できたことがあります。強い菌(酸化率の強い菌)というのは、元の菌が50日ぐらいで酢をつくっていたのに、40日ぐらいでできるということです。
 あれも培養し、これも培養しで、少しタイプの違う酢酸菌を3、4本くらい培養することになりました。同じ菌を、ずっと培養していると弱っていくんです。そこで、一つの桶に、それらの違った菌を一緒に入れて培養してみたんです。すると、中に少し盛り上がったような菌膜ができたんです。強い菌か弱い菌かは分からないけれど、これはめずらしいと思って、はしでぐるりとその盛り上がった菌膜のまわりに輪をかいてやると、ぱっとその菌が広がるんですね。そして、2、3日して、また盛り上がった所を、はしでかいてやると、ぱっと広がるんです(写真1-2-13参照)。そういうふうにしていくと、最後にその桶がいままでのとは違ったタイプの菌の桶になっているんです。それで、ふしぎなこともあるもんじゃということで、新しい桶にその菌を移植してやるとものすごい勢いで発酵してくれました。それは、違った菌同士の掛け合わせでできた子供にいい菌ができたのか、空気中のいい菌が入り込んでできたのかは、はっきりとは分かりません。しかし、自分がつくろうと思ってつくったんでなく、純粋菌の培養しよる間にできたんです。これは、夜も昼もなしにずうっと見よらんといかんですから、酢にかける情熱がなかったらできんです。」
 **さんは、昭和57年(1982年)から会社経営を子供に譲った後も、菌との関係は変わらず、まるでもう一人の子供のように接している。
 「今も、ずうっと並行して掛け合わせ(混合培養)をしています。掛け合わせする桶も二つ、三つと増えて今は八つになりました。
 昔は、大きな6尺の桶の中で掛け合わせをしよったんですが、できたやつは売らんといかんし、売れ残ったら次に仕込みは必要でなくなる。とにかく、菌だけを純粋に培養させないといけないというので、その掛け合わせ用の桶を直径1mの桶にし、それから小さくしていって今は90ℓの漬物の桶にしています。そこで、こっちに四つあっちに四つ、必要な時にすぐにできるように、12の桶で培養できるようにしています。しょっちゅう、三つか四つずつ掛け合わせとるわけです。その中で、一番いい菌だけを純粋培養で持っとるんです。こうして得られた一梅菌は、そうとう酸化能力の高い良い菌だと、自負しています。大手の会社にも工場見学にいきましたが、そこの菌も良い菌でしたが、それにもひけをとらないか、それ以上の能力を持っていると思います。今も、培養室に入れば、においだけで菌の状態が分かるんです。」

 (ウ)酢づくり

 酢づくりの作業についての**さんの話を、米酢製造をもとに昔から行われてきた静置発酵法(せいちはっこうほう)(表面発酵法)の工程に従ってまとめてみた。

   a 澄汁(すまし)(原料の酒)づくり

 米酢づくりには、まず原料になる酒をつくる必要がある。それは、酒づくりと同じで、精白米を酒麴で糖化した糖化液をさらに酒酵母でアルコール発酵させてできた酒諸味の圧搾とおり引きにより澄汁(原料の酒)をつくるという工程を経るが、そのあたりの話を**さんは次のように語った。
 「わたしの所でつくっているのは、純米酢と米酢と醸造酢です。純米酢は、米から酒をつくって、それから酢をつくるんですが、酒をつくったときの15%のアルコールを15%の酢にかえるのが純米酢です。普通の米酢は、酸度4.5%で1ℓの中に米の使用量が40g以上必要なんです。
 わたしが愛媛醸造酢協会の会長をしていたころに、酒をつくっている所に頼んで、酢用の酒をつくってもらおうということになり、土居町(宇摩郡)の元「誓いの松」という酒をつくっていた造り酒屋さんに頼んで愛媛県中の酢づくり用の酒をつくってもらうようになりました。酢用酒の原料の米は、破砕米とか2、3年前のお米とかいうようなのを、政府が払い下げているのを使っています。
 できた酒(澄汁)は、タンクローリー(1台1,800ℓ)で運んでくるんですが、アルコール分は15%を越えると酒税法にかかるので14.9%にしています。そして、高松(香川県)に移転しました通商産業局の立ち会いのもと、もう酒として売れないように、1.5%の酢を入れるんです。」
 もう一つの醸造酢(粕酢)の醸造は、1、2年熟成させた酒粕に一定量の水を加えてよく混ぜて、6、7日間二次発酵させる。その間、1日1、2回はかき混ぜてやる。そうして得られた熟成酒粕を酢袋に入れて、圧搾して澄汁をつくる(写真1-2-14参照)。この澄汁を発酵菌の栄養として使用すると、濃厚な醸造酢が得られる(⑤)。

   b 仕込み

 酢酸菌の発酵には、温度・湿度・通気などが微妙に影響し酢のでき具合が左右されるため、厳重な管理が必要である。
 「酢酸発酵では、約1%のアルコール度のものから約1%の酸度の酢ができます。従って醸造酢の場合は酸度4.3%、米酢の場合は酸度4.5%以上で出していますので、澄汁は、アルコールを薄めて4%にします。その4%のアルコール度のものに酸度2%の酢を種酢として入れて熟成させます。なぜ、最初に酸度2%の酢を種酢として入れるかといいましたら、その酢の中に菌がおりますから酢酸発酵の立ち上りが早いのと、酸膜酵母(酢酸発酵を阻害する菌)の汚染を防ぎ、弱耐酸性の酢酸菌(弱い酢酸菌)の排除にも効果があるからです。
 最初、36℃での温度で仕込んでも菌膜が張るまでに一昼夜くらいかかりますから、その間に25、6℃くらいまで下がりますが、発酵しかけますと4%のアルコールが酢に酸化されるときに、自熱が出るんです。これはだいたい36℃くらいですが、酢酸菌が集中しているところは38℃くらいにもなります。人間の体温と同じ熱が出て発酵には十分な温度になるので、ほっといても大丈夫なんですが、冬の場合にはその菌が風邪をひいたらいけないので、こもをかけてやり、夏は発酵しかけたら、こもをはいで温度調整をします。また、ふたのところには中空のパイプをつけた栓をかましまして、空気の出入りができるようにしておきます。酢の菌は、ふたをぴったりしてしまって、空気を遮断(しゃだん)してしまうと、人間と一緒で、約1分50秒か2分ぐらいまでなら生きとるんですが、3分や5分も空気を遮断してしまうとほとんど全滅してしまうんです。この酢の菌だけは、ものすごく神秘的で、人間の体とほとんど一緒なんです(写真1-2-15参照)。
 空気は、雑菌もいますが、ろ過しなくていいんです。というのは、純粋菌を培養しておりましたら、雑菌は繁殖できないんです。
 うちで使っている水は、地下42m掘りまして32mのところから吸い上げてる井戸水です。水道水では、昔はカルキ、今は塩素がはいっていますので、菌は絶対発酵しません。
 発酵は約40日から50日で予定酸度に近づきますので酸度を測定して、菌膜を取り、一部を次の種酢として残し、その他を大きな熟成槽に移し常温にして、菌膜を張るのを防ぎながら2、3か月熟成させます。」

   c 殺菌

 熟成させ、まろやかにした酢を製品として出荷するときには、品質を安定化させるために殺菌を必要とする。
 「熟成槽での静置によって、おり(主として酢酸菌)が沈殿しているので、それを取らないように上澄みを取り、ろ過器をとおして酢をろ過するんです。
 醸造酢のこはく色は、自然にでてくるもので、炭素(木炭)を使ってろ過し、透明にするんです。そして、ろ過した酢は殺菌しないと、酢が濁るのです。これを、混濁(こんだく)するといいます。ただ、混濁するぐらいの酢じゃないといけないんですが、酢が混濁すると商品価値が落ちるんです。酒も火入れしないと濁るでしょう。
 殺菌は、90℃のお湯の中にあるステンレス製のパイプに酢をとおし、76℃から80℃の温度で熱殺菌するんです。
 酢づくりを始めたころ、酒は酵母発酵で55℃で死ぬのだから、酢酸発酵したやつは60℃で火入れしたら死ぬだろうと思ってやったら、みんな濁って帰ってきたことがありました。回収してろ過し直して、70℃でやってみたらまだ濁る。そこで75℃でやってみたらようやっと濁るのが止まりました。じゃあ、接点はどこだろうというので、70℃から1℃おきに80℃まで温度を上げていくと、74℃で濁り、75℃で止まるということで、安心できるのは、76℃から80℃の温度で処理するのだというのが分かってきたんです。
 そういった経験から、去年(平成8年)のO157(大腸菌)が繁殖したときに、『これは、75℃以上のお湯をかけたら、全部死滅すらい。そして、食酢に浸けても同じように全部殺菌できるのにな。』といってたら、その後、東京の衛生研究所から『75℃で殺菌できる。』という発表を聞きました。菌は熱と酸に弱いので、O157撲滅には酢が非常に有効だと思っています。」

 (エ)今の酢づくり

 現在の酢の醸造法には、酢酸菌の好気性(酸素を好む性質)を応用した深部培養法(通気かくはん培養法)が主流になっているが、その技法が日本に導入される以前から、**さんは独自の考案によりほぼ同じ技術を開発していた。
 「昭和43年(1968年)ころ、高松市(香川県)でドイツのフリングス社の技師による通気かくはん培養法の説明会があり、その話を聞いて、普通の桶の発酵だったら、表面発酵だけだから、コンプレッサーで空気を入れてかくはんすると、全面発酵(深部発酵)するのじゃないかなというので、わたしが考案しまして機械をつくってもらい純粋菌をいれると、ものすごい勢いで発酵したんです。そうすると、酸度5%か6%の酢をつくるのに、表面発酵でしたら50日かかるのが、これでやると酸度15%の酢をつくるのに48時間で何千ℓもできるんです。
 当時、四国醸造試験所(高松市)場長の浜政一先生から『その菌と君の考案した機械も特許登録したらどうかな。』という話はあったのですが、登録はしませんでした。その後、ドイツのフリングス社のアセテーターやアメリカのヨーマンズ社のキャビテーターという通気発酵の機械がはいってきまして、県外の大手ではその機械を使って、大量に良質の製品をつくるようになりました。
 外国の機械を導入した大手では、それぞれ独自の菌でやりよりますが、最初はアメリカの2号菌やドイツの5号菌(ヨーマンズ社)をもらいまして、純粋培養でやるんですね。わたしところの『一梅菌』は、自然から取り出した菌ですが、やはりその地域でとれた自分の所の菌を使うのがいいんじゃないかと思います。」

 イ 本物指向の時代

 酢は、酸味の調味料としてだけでなく食品の腐敗を防ぐなどの働きにより、古くから利用されてきた。最近の健康食品指向により酢の効用が見直されており、生産量は年々増加の傾向にある。酢醸造の研究と並行して醸造酢の効用についても調べてきた**さんに話を聞いた。

 (ア)衛生食品として

 「まず酢は殺菌力が強いんです。酢の酸味は、酢酸が主ですが、その他にクエン酸・リンゴ酸・酒石酸(しゅせきさん)などの酸の含有によってその風味が変わってくるんですが、それらの酸により細菌類は生きていけなくなるんです。食酢と他の調味料のいろんな病原菌に対する殺菌力を調べた結果をみると、この食酢が非常に強い殺菌力を持っている安全な食品であることが分かります。さらに、醸造酢を1%に薄めたものに、果物や野菜を15分つけて殺菌した後、水洗いして食べたらお酢の臭みもなく安全に食べることができるんです。アルコールの殺菌力でしたら、75%くらいが一番強いんですが、酸の場合は、薄い濃度でも本当にバイ菌を殺してしまうんです。」

 (イ)健康食品として

 「次に、皮膚に醸造酢が非常にいいんですね。私は昭和23年(1948年)に合成酢も経験しましたが、合成酢を配合して瓶詰の作業などをしておりましたら、指の節の所などにひびが切れるんです。ところが、酸度4.5%の同じ濃度の醸造酢に、手をつけるとどんなにひびが切れとっても、それが治って皮膚が絹みたいになりますよ。手を、石けんで洗った後、醸造酢で洗ってみてください。手が絹みたいになりますよ。また、醸造発酵のタンクの中でできたままの原酢1合(180cc)のなかに生卵を1個殼のままいれるとその卵の殼が12時間から20時間で溶けて、卵の殼に含まれるマグネシウムやカルシウムも溶けるんです。残った薄皮を除けてやって、黄身をかくはんしたものを原酢卵(げんすらん)というんですが、その液をおさじ1杯を水に溶いて毎日飲むと体にいいんです。殻に含まれていたカルシウムやマグネシウムが体にいいんです。体のためにも、もっと酢を使って欲しいですね。」


*6:酢酸のうち純度98%以上のものをさす。融点が常温に近い(16.7℃)ため、このように呼ばれている。
*7:酢酸発酵の反応式は、C₂H₅OH(アルコール)+O₂(酸素) → CH₃COOH(酢酸)+H₂O(水)+114.6kcalと表す。

写真1-2-13 酢酸菌の培養

写真1-2-13 酢酸菌の培養

はしで菌膜の盛り上がった所のまわりに輪をかいている。平成9年7月撮影

写真1-2-14 醸造酢醸造用の酢袋と圧搾機

写真1-2-14 醸造酢醸造用の酢袋と圧搾機

手前に酢袋があり、その奥に圧搾機が見える。平成9年7月撮影

写真1-2-15 静置発酵法の仕込み桶

写真1-2-15 静置発酵法の仕込み桶

現在は、発砲スチロールで囲み温度を調節している。平成9年7月撮影