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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成 7年度 愛媛学セミナー集録~

◇俵津文楽の沿革

 それでは俵津文楽の沿革でございますが、すがはら座は、嘉永5年(1852年)に村の指導者が、青年の情操教育ということで大阪の方から導入したようでございます。かけ事の防止というようなことでございました。そして、明治4年(1871年)ころに、大阪の文楽におりました、竹本常太夫という方を、浄瑠璃(じょうるり)のお師匠さんとしてお招きをしたところ、その方が縁あってお嫁さんを俵津からもらって住み着いた、そのことが俵津文楽の大きな発展の要因になったようでございます。
 それから、大正14年(1925年)に淡路の市村六之丞一座の人形一式を買入れまして、現在に至っております。したがって俵津文楽は淡路系でございます。