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えひめ、人とモノの流れ(平成19年度)

(2)『きじプロジェクト』の展開

 ア 独自技術で年中出荷

 「雉の飼育は高齢者でも比較的容易にでき、飼育場には町内の遊休地が有効に利用できます。また、雉を特産品にした地域は全国のどこにもありませんし、さらにはグリーンファーム安森がこれまでやってきた実践がありました。加えて広見町の地理的・気象的な条件がかなっていたわけです。そこで町は平成11年から雉を特産品として、全国を視野に入れて販売していこうと動き始めました。
 この動きの中で私たちは雉肉の年中出荷体制という目標を定めました。実は雉という鳥は春から夏にかけて卵からかえり、成鳥となるのはその年の冬なので出荷時期が限られるのです(コラム参照)。

【鬼北雉の飼育】

 鬼北町で飼育されている雉は、中国や朝鮮半島に広く生息する「コウライキジ」という外来種で、首に白い輪状の模様があるのが特徴である。雉生産者部会の会員農家は現在7戸である。
 生産者農家によると、親鳥は3月末~7月にかけ卵(1羽当たり60個程度)を産むので、それを孵卵(ふらん)器(37度の設定で24日間)に入れて孵化(ふか)させているという。ヒナの大きさは大人の手のひらに乗るくらいで、誕生から1か月間は育雛舎で、その後は飼育場(写真4-2-4参照)に移動させ、210日前後で出荷できる大きさの成鳥になるそうである。
 飼料には安全面や健康面に配慮して全農系飼料会社と契約し、遺伝子組み替えでないトウモロコシを主に、サツマイモなどの繊維質の多い野菜類を与え、飲み水には四万十川の支流・広見川の伏流水を与えているという。そのためか、飼育場ではニワトリなどと比べて、ほとんどフンの臭いがせず、飼育場の掃除は地面に石灰を混ぜたり、土の入れ替えを行う程度で、高齢者にとっても飼育しやすいそうである。飼育にあたっては、ケンカや体がこすれて成長が阻害されたり、病気になったりしないように、愛情を持って毎日よく見てやること、そして、できるだけ伸び伸びと育つような広い場所で、少ない数で飼育することを心がけられているとのことであった。

 しかし、冬場だけの消費では特産品とはいえないし、消費の拡大にもつながらないわけです。でも年中出荷となると必要なのは冷凍保存の技術ですが、御存知のように冷凍保存した肉類は、解凍するとドリップ(肉の切り身から出る赤っぽい肉汁のこと。肉の旨(うま)みも含まれている)が出ます。これだと見た目にもイメージが悪いので、なんとかドリップが出ない冷凍保存方法がないものかと思いました。
 そこで、高松市にある四国電力の子会社、四国総合研究所に相談したのです。平成10年(1998年)のことです。四国総合研究所では、すでに農業公社が進めているイチゴの水耕栽培のシステムを作ってもらっていて、その関係で出向いた折に、今度は雉の生産を始めるが、冷凍しても、解凍時に『ドリップが出ない食材』に仕上げたいので、そういう実験をしてもらえないかと依頼をしました。また、合わせて年中出荷したいので、『屠鳥(とちょう)して1年経過しても、刺身として食べることができるような保存方法』についても実験して欲しいと依頼したのです。そして、平成10~11年にかけて実験を行ってもらった結果、こちらの希望する成果を得たという連絡が入りました。そこで、高松から冷凍保存された実物の雉肉を持参いただいて、宇和島市でその試食会を行いました。この試食会がきっかけになって、後々雉工房の技術顧問をお願いすることになる技術者の三嶋洋さんと出会います。
 さて、冷凍保存技術も完成して、さあこれから生産販売していこうというわけですが、困ったことに私たちは公務員です。冷凍技術はもとより、商品販売などについては全くの素人ですから、どうやっていけばいいのかわからなかったのです。この事業の場合は、これからモノが売れなければ何にもならないわけですから、どうすればいいのかと思いました。それに工房は稼動しましたが、そこに集まった者は実は皆素人(しろうと)ばかりでした。専門職を一本釣りして採用するのも難しく、素人集団に衛生教育から、雉の解体技術までのすべてを習得させていかなければならないのです。そこで思い切って三嶋さんに今後の販売への協力や技術指導について相談をしたのです。三嶋さんは東京都の御出身で、豊富な人脈や経験を持たれた技術者であり、さらに私たちのきじプロジェクトに多くのヒントを与えてくださるアイディアマンでした。町からは工房の衛生管理について正式に委嘱していますが、平成13年ごろからは工房のアドバイザーを町おこしのためのボランティアという心意気で引き受けてくださっていて、本当に感謝しています。」

 イ 熟成された鬼北雉

 「鬼北雉の特徴は『熟成』させていることです。なぜ熟成の工程を採用したのかというと、古くから地元に伝わる言い伝えがあったからです。かつての山里には多くの猟師たちが住んでいたわけですが、猟師たちは雉を捕らえると、それを家の軒先に2~3日ぐらい吊(つ)るした後に、川の真水で洗って食べると非常においしくなることを知っていました。こういった話しは文献にもありますし、年配の方だったら知っていたことです。つまり、雉はとった直後より、腐る手前ぐらい(熟成する)までしばらくおいて食べたほうがおいしいということが知られていたのです。
 この熟成についても四国総合研究所を通じて実験をお願いしていたところ、私たちが予想していなかったことが新たに判明しました。それは熟成すると肉の甘味や旨(うま)み成分であるイノシン酸が増えるばかりではなくアミノ酸がすごく増えることがわかったのです。しかも、そのアミノ酸はなんと18種類もあり、その中にはバリン、ロイシン、イソロイシンという肝臓機能に効果的に作用するものが非常に多いことがわかり驚きました。
 しかし、熟成イコール腐敗です。猟師は自分で食べるだけですが、私たちは不特定多数の人々に雉を販売するわけですから、どうすれば熟成した雉肉を販売できるのかは大きな課題でした。そして、必要な冷凍保存技術としてエタノールを使った『液体急速凍結法』にたどり着くのです。この方法だと通常の空気凍結では雉一羽を凍結するのに約2時間半程度かかりますが、約20~25分程度ででき、解凍時にもドリップが出なくなるのです。この方法だと肉の細胞を壊すことなく凍結できるので、熟成された肉の一番おいしいときの旨みをうまく封じ込めることもできたのです。
 そして、もう一つ必要な技術があります。それは、凍結保存して1年経っても刺身で食べられるようにするための保管技術です。通常の食品加工場の作業温度はマイナス25度ですが、雉工房ではマイナス35度としています。温度が低い分だけ維持費は高くなるわけですが、あえてそうすることによって、熟成した雉肉の保管と年中出荷が可能になったのです。現在、急速凍結の技術や保管技術についても特許を出願しています。
  
 ウ 「食の大使」でPR

 「食の大使というと北海道が知られていますが、これも三嶋さんからの提案で始まったものです。広見町の食の大使を委嘱した方はお二人で、平成11年に委嘱しました。お一人は、著名な料理研究家であり、随筆をはじめとした著作の多い本間千枝子氏です。テレビの人気番組『料理の鉄人』の審査員も務められたこともある方で、首都圏ではとにかく有名な方で、三嶋さんの御自宅とは一軒隣に住まわれていたという御縁もありお願いしたのです。
 もう一方は、本田成親氏です。氏はもともと大学で教鞭(きょうべん)をとる数学者でしたが、定年を待たずに退官され、全国各地をめぐる旅行者となり、旅先での出会いや感じられた思いなどを紀行文にまとめられており、その著作もいくつかの文学賞を受けられており、asahi‐com(朝日新聞社が運営しているインターネット上の掲載記事)の中で『マセマティック放浪記』を寄稿されている方です。この方も三嶋さんとの交友があり、その御縁でお願いしました。後に『マセマティック放浪記』には、鬼北雉についての様々なエピソードが掲載されていくことになります。食の大使委嘱にあたって、私たちが用意したのは地元の泉貨紙を使った委嘱状と神代(しんだい)杉の置物、そして名刺だけで、報酬も何もありませんから、えらいことを頼んだものだと思ったものです。
 また、鬼北雉のブランドを確立するために、『鬼北熟成雉』『鬼北雉』『熟成雉』の三つの商標登録を済ませました。また、鬼北雉のロゴマークを作っています。今は構想段階ですが、加工処理についての特許を取得した時期をめどに、ブランド認定委員会を立ち上げ、委員会で認定された雉商品にはこのロゴマークの使用を認めていこうと考えています。」

 エ 県外への販路開拓

 「県外への出荷は平成14年からです。そして平成15年には福島県福島(ふくしま)市の土湯(つちゆ)温泉協会との取引が始まり、県外初の販売拠点ができるのです。土湯温泉との取引は、先方からの問い合わせが『森の三角ぼうし』(鬼北町内の道の駅)に入ったことがきっかけです。全国の温泉地はかつてのようなにぎわいや勢いを失っているところが少なくありませんが、土湯温泉もそういったものの一つで、新たな町づくりのための再生委員会が立ち上げられていたのです。この委員会の方が、本田氏の『マセマティック放浪記』を読まれて鬼北雉のことを知ったというわけです。そこで、三嶋さんに福島に行ってもらい、再生委員会や旅館などの女将(おかみ)さんたちの女将会で直接説明をしたり、私も福島に行って説明したりして、話がまとまります。そして土湯温泉協会とは『町おこし友好地域姉妹協定』を平成15年6月24日に結びました。この協定のめざすところは、私たち鬼北の者も土湯温泉の皆さんも素朴でまじめな方ばかりだし、先方は泉質のよい健康的な温泉が売りですから、『まじめと健康』をモットーに雉と温泉で町づくりの再生を進めよう、そして日本の国が中央集権的に東京を中心に国づくりをしてきたわけですが、東京に頼らず、東京をはるかにまたぐ地域同士が協力して地域づくりを進めようという発想です。締結時は広見町でしたが、もちろん合併後もこの協定は鬼北町と土湯温泉協会との間に受け継がれています。
 その一月後、神奈川県箱根(はこね)の湯本(ゆもと)温泉豊栄荘から連絡が入ります。今度は私たちのホームページを見てでした。そこで、『みんなでいい食材で、いい経営をしましょう。』と話がまとまっていきました。こうして県外の販路も拡大し、首都圏にも平成16年ごろから東京ドームホテル(東京都文京(ぶんきょう)区後楽(こうらく))、日本料理の老舗(しにせ)芝浦ぼたん(東京都港(みなと)区芝浦(しばうら))、日本を代表するフランス料理の老舗銀座レカン(東京都中央区銀座(ぎんざ))といった知名度の高いところにも出荷するようになりました。このほかにも現在では静岡、三重、香川、徳島、高知、大分といった各県に出荷しています。また、県内では、松山の道後温泉や宇和島市内のホテル・旅館、そして料亭などの出荷先が年々増えている状況です。
 今年は、県の『愛あるブランド』の商品としても認定されました。そして約1年前からその認定機関である『えひめ愛フード推進機構』を通じてキリンビールに売込みをかけた結果、『選ぼうニッポンのうまい2007キャンペーン(*25)』商品として選定されました。また、大手百貨店での取扱などについても話が進んでいます。こういった流れを受けて、今後はもっと広く、一般の皆さんに鬼北雉がぐーっと受け入れられていくのではないかと期待しています。」
 
 オ 売上と資金繰り

 「振り返ってみれば、平成14年から動き始め、徐々に徐々に進めてきたことが5年経ってぼちぼち芽が出てきたということでしょうか。何でもそうかもしれませんが、形になるには手を打ち始めてからどうしても10年はかかるものだと感じています。当初から生産規模を3万羽と想定してやってきていますが、出荷量が2万羽を過ぎれば、一気に伸びていくのではないかと期待しています。特に平成16年以降からぐっと伸びてきており、本年度、そして来年度が勝負かなあと考えています。ここ数年の売上高や出荷高は、表の通りです(図表4-2-4参照)。
 しかし、もともと理事者も含めて、商売のイロハも知らない人間が集まって始めたプロジェクトでしたから、事業のために必要な回転資金についての発想が欠落していました。農家から雉を買い入れるので、当然その支払いが必要です。しかし、雉が売れるまではお金が入ってこないわけです。ところが、そういった必要なお金を用意せずに始めたわけですから、この資金作りをどうしていくかということがとても大変でした。
 また、年中出荷という体制ですから、大企業に一括して商品を納めればそれで終わりではありません。そんなことをしていたら町づくりにはなりません。年中出荷して、なるべく直売りして、地元の雇用確保や利益を還元するというやり方ですから、資金を借り入れしなければなりません。つまり、中小企業の事業主の方が抱えるのと全く同じような資金繰りのしんどさがあるのです。このしんどさは一般の公務員には全くわからないと思います。現在は、JAなどから借り入れていますが、とにかく売上が伸びるとそれだけ楽になるのですが、まるで綱渡りのようなものです。行政の人間は、ハード面ができてしまえば、その事業は終わったものと思いがちですが、私たちの事業は本当は、その後の運営のノウハウも含めたソフト面が重要だということを思い知らされます。」


*25:選ぼうニッポンのうまい2007キャンペーン ビールについている応募券を葉書に貼って応募した人の中から、抽選でキ
  リンビールが選定した全国各地の特産品を各1,000名にプレゼントする。期間は平成19年7月11日~同9月28日であっ
  た。

写真4-2-4 キジの飼育場(三島地区)

写真4-2-4 キジの飼育場(三島地区)

ビニールハウスの構造を活用している。鬼北町延川。平成19年10月撮影 

図表4-2-4 鬼北雉の出荷数と売上高

図表4-2-4 鬼北雉の出荷数と売上高

鬼北町提供資料から作成。