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中山町誌

二、 伊福城

 このような中世城郭の特徴は、実際に現地に出かけてみるとよくわかる。伊福城は字福岡、字漆のどちらからも登ることができるが、現在、城跡は図2-4に示すような状態になっている。すなわち、最頂部にあるIの曲輪を中心にして(のちの言葉でいうならば本丸)、それを守るためのさまざまな施設が設けられているのである。Iの曲輪の南端がやや高くなっていて、かつては櫓でも建てられていたかと思われるが、今は城主を祀った小さな祠が残されている。この小高い部分は細長く北に伸びていて、Ⅰの曲輪の西側を守る土塁の役割を果たしている。Ⅰの曲輪の北側にわずかな段差を隔ててⅡの曲輪が南北に細長く続き、その先にも細長いⅢの曲輪が続いている。Ⅲの曲輪は現在若干の傾斜がみられるが、かつては少しの段差をもって区切られた三~四の曲輪からなっていたのかもしれない。Ⅲの曲輪の北側にも数メートルの段差を隔ててⅣの曲輪が接続している。またⅡとⅢの曲輪の間には二条の堀切が、またⅠの曲輪の背後(南側)にもかなり大きな堀切がそれぞれ掘られていて、I、Ⅱの曲輪を守る防御線を構成している。

図2-4 伊福城の縄張り

図2-4 伊福城の縄張り