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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成 7年度 愛媛学セミナー集録~

◇野人と海人 ―対比の視点

玉井
 そこでこの愛媛学ですけれども、地域をどうとらえて楽しむのかという点を私なりに例えてみますと、和菓子のなかに柏餅(かしわもち)というのがございます。この柏餅というのは、普通、カシワの葉っぱでくるんだものを柏餅と言っているはずです。しかし、愛媛の柏餅を見ますと、サルトリイバラという、トゲのある植物のハート型をした葉っぱを使用しております。この葉でくるみますと、サルトリイバラ餅になってしまいます。それがなぜ柏餅と呼ばれるようになったのか、私には疑問が残りました。そこで植物学者の山本四郎先生にカシワの木の分布についてお尋ねをしたことがございます。すると、先生は中央構造線から高知県側、もっとわかりやすく言いますと、この伊予市まで高速道路が伸びようとしておりますが、この松山自動車道から高知県側にはカシワの木は育たないとのお話でした。この分布がカシワから代用葉(サルトリイバラ)に変わった要因の一つではないかというふうに思っております。もう一つ代用葉の例ですが、先日、川内町のおじいちゃんから聞いた話ですけれども、川内町では、柏餅はミョウガの葉っぱにくるむらしいのです。これもまた、サルトリイバラとは一味ちがった風味だろうなと思うわけです。
 高知県になりますと、この餅をシバ餅と言いまして、やはりサルトリイバラの葉っぱでくるむとか、あるいは2枚のツバキの葉で挟みまして蒸した餅だということを耳にします。
 そういう土地の語りを伺っていきますと、とりも直さず、それが土地柄なんだな、と思います。つまり、土地の人の語りには背景に風土があり、あるいは植物、気候、そして、それ以外にも生活、文化、あるいは歴史などがすべてからみあって、その地域で生きる人々、すなわち、庶民がいてくらしがにじんでいるのです。
 わたしは、地域学の基本は、庶民の生活姿勢がどうなのかをとらえることだろうと思います。これを古代にさかのぼっていきますと、あくまでも庶民中心の、その土地であるが故に認められる知恵とくらしを把握していくのが地域学ではないかと思うんです。この立場で地域学を、今までは野の人、すなわち野人として私はとらえてまいりました。
 しかし、庶民にはもう一つ、海人と言いますか、海で生きる人たちがおられるわけです。この海からの文化を学習する場合には、中央政庁と地方を結ぶ道というものを考えた上に、潮の流れを読み、生活の糧を海に求める庶民の姿勢に視点を当てておかなければなりません。
 海道とは、海沿いの道(又は海伝いの道)という意味だろうと思うんです。中央政庁から東の方向へ伸びているのが、東の海沿いの道、すなわち東海道。南の海沿いの道が南海道。山陽道にしましても、これは瀬戸内の海沿いの道という意味に解釈しなければいけないと思うんです。そして、この海と陸地の境の、言わば、渚(なぎさ)の部分から文化というのは内陸へ入っていく。そうなると、野というものをとらえる場合でも、その海沿い(又は河川沿い)の部分から入ってくる文化というものは無視できないかと思います。
 今日は石井先生から、そういった海のお話をたっぷり伺えるものと思い、ワクワクしてまいりました。
 では、石井先生、よろしくお願いいたします。