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えひめ、昭和の記憶 ふるさとのくらしと産業13-西予市①-(平成29年度「ふるさと愛媛学」普及推進事業)

第2節 宇和島バスの記憶

 旧三瓶(みかめ)町における乗合バスの運行は、大正13年(1924年)に八幡浜(やわたはま)-三瓶間、三瓶-卯之町(うのまち)間がそれぞれ開設されたことに始まる。
 昭和3年(1928年)には、三瓶自動車株式会社が設立され、三瓶-卯之町間、三瓶-八幡浜間の運行が開始されたが、昭和18年(1943年)に、軍部の統制方針による合併統合により、宇和島自動車株式会社に路線を譲渡した。
 終戦直後は燃料や資材の不足により、路線の復旧は困難を極め、宇和島自動車の全運行系統数36のうち、運行されたのは10系統のみであったが、混乱が落ち着きかけた昭和22年(1947年)には休止路線が復旧され、昭和30年代にかけて順調に路線が拡大されていった。
 路線の拡大は旧三瓶町の地域においても見られ、昭和24年(1949年)には下泊(しもどまり)まで1日3便の運行が開始されるとともに、昭和26年(1951年)には海岸線の八幡浜-(穴井〔あない〕経由)-三瓶線が、さらに、昭和29年(1954年)には八幡浜-(横平〔よこひら〕経由)-三瓶線がそれぞれ開通した。昭和30年代に入ると、昭和34年(1959年)に下泊-田之浜(たのはま)間の運行が開始され、八幡浜-三瓶-高山(たかやま)-宇和島(うわじま)間のバス路線の全通が達成されるとともに、昭和38年(1963年)には八幡浜-(和泉〔いずみ〕経由)-三瓶間が通学児童・生徒の利便性の向上のために開設され、旧三瓶町におけるバス路線網は確立された(図表3-2-1参照)。
 本節では、旧三瓶町の人々の主要な交通手段の一つとしての役割を担った宇和島バスについて、仕事にまつわる思い出や人々との関わりを中心に、山本昭二さん(昭和2年生まれ、元宇和島自動車職員)から、また、町内の道路状況等について、小野正昭さん(昭和20年生まれ)からそれぞれ話を聞いた。