データベース『えひめの記憶』
愛媛県史 芸術・文化財(昭和61年1月31日発行)
四 劇場主・興行師・座元
演劇興行の実務は劇場主ー興行師-座元の三者によって成り立つ。巡業する劇団一座は各地の興行師の横の連絡によって各劇場に送り込まれるが、興行を請負うのは興行主(請元・受元)と呼ばれる興行師である。請元は一座と契約し劇場を賃借りし、入場料を取って芝居を打ち、座元に契約金を支払う。劇場が直接一座と契約することも或いは逆の場合もあるが通常は三者形態で興行が行われた。三者間の契約内容は慣行による取り決めで、興行ごとに正式の文書が交わされたとは思えない場合も多い。内子座(内子町・株式会社内子座・大正五~昭和五三閉館六〇復元)の「賃貸借心得書」と淡路・吉田伝次郎一座の「人形芝居興行契約証」(いずれも内子町町並保存対策室蔵)によってその一斑を窺うことにする。
〈内子座賃貸借心得書〉興行ノ為メ内子座ヲ賃借使用セントスル者ハ左之条件承諾ノ上契約セラレタシ 一、小屋税及其他ノ負担ハ興行日毎二大勘定場ニ於テ内子座管理人へ支払フヘシ ニ、興行中入掛トナシタル場合ハ電灯料其他実費賠償トシテ入掛アル毎ニ金壱円五十銭ヲ内子座管理人へ支払フヘシ但シ興行主役者芸人使用人ニ於テ故意ニ小屋若ハ小屋附什器ヲ破損セシメ又ハ電気電灯使用ノ為メ電力漏洩等二依ル損害ヲ及ホサシメタル時ハ当人ハ勿論興行主二於テ全部責任ヲ持チ其損害ノ賠償ヲ為スモノトス 三、内子座株主ニシテ株主ノ章ヲ示シタル時ハ木戸銭ノミヲ取リ株主席へ通スヘシ但シ等級ヲ以テ木戸銭ヲ定ムルトキハ各等三割引トシ一銭未満ノ端数ハ一銭ニ切上ケ割引ヲ為スモノトス 四、内子座櫓下七軒アリ興行日毎ニ櫓下壱軒に付壱人ツゝ無料入場ヲ為サムベシ但シ櫓下ヘハ櫓下入場券ヲ交付シアルヲ以テ識別入料セシメ株主席へ通スベシ 五、内子座役員ニハ金属製役員ノ章ヲ交付シアリ入場ノ際ハ左胸ニ佩用セラルヽヲ以テ無料入場スルモノトス 六、茶風呂座布団ハ内子座ノ所得トス 七、出方ハ内子座付出方ヲ服務セシム依テ興行主附出方ノ使用ヲ許サス 八、出方ノ日当ハ左記ノ通リ相定ム但シ統領ニハ別手当トシテ朝ヨリ夜間勤務ノ時拾銭、煙火打揚ヨリ夜間勤務ノ時五銭ヲ毎日支払フベシ大勘定□日金□□統領以下朝ヨリ夜勤務ノ者金□□煙火打揚時ヨリ夜間勤務ノ者金□□風呂煮金□□掃除婦金□□ 九、大勘定トシテ出方ノ内ヨリ壱名及掃除婦壱名必ス服務セシムルモノトス 十、興行主ハ(大勘定出方及掃除婦ヲ除ク)出方ノ所用人員ヲ契約ノ際申込ミ其出方日当ハ興行日毎ニ大勘定場ニ於テ支払フモノトス 十一、興行中電灯ノ臨時増設変更ノ必要ヲ生ジタルトキハ定席管理人ノ承認ヲ受ケタル後料金前納ノ上施行スベシ而シテ電球ノ断線取替料ハ興行主ノ負担トシ 十二、稲荷祭ノ費用及櫓人ノ手当トシテ大勘定出方へ切札弐枚交付スルモノトス 十三、興行主借入契約後内子座ニ対シ用向アル場合ハ内子座管理人へ交渉スヘシ 十四、内子座役員及櫓下権利者ノ入場ニ対シ下足料ノ徴収ヲナサシメス 十五、興行開幕中高声ヲ発シ喧噪ニ渉リ観覧客ニ妨害アリト認ムル行為ヲナスモノアルトキハ一応制止シ反省セザル者ハ退場セシムヘシ 十六、中茶屋飲食物ハ開幕中観覧席ヘ持込売却スル事ヲ禁ス依テ中茶屋入札ノ際興行主ニ於テ注意スヘシ 十七、本心得書ニ記載ナキモノハ定席内掲示ノ心得書ヲ遵守スヘシ 十八、興行ニ危険ノ行為アリト認ムル廉アルトキハ興行停止ヲ為ス事アルヘシ興行停止ノ場合之ニ応セサル為メ生スル損害ハ興行主ノ負担トス 十九、手打興行ノ場合小屋税ノ不払ハ興行用持込物件ヲ担保トシテ小屋税支払ヲ了スル迄留置スルモノトス 二十、小屋賃貸借契約成立スル時ハ同時ニ手附金ヲ納付スヘシ手附金ハ違約ノ場合没収ス 廿一、興行界ノ習慣ナリトシテ打掛リ興行ヲ楯ニ採リ小屋使用ヲ強制スルモ内子座ハ之ヲ認メス使用期間満了ト共ニ明渡シ返戻スヘシ若シ之ニ反シ管理人ノ明ケ戻シ請求ニ応セサル場合ノ損害金は約定小屋税ノ倍額トシ興行主其責任ヲ負担シ之ニ伴フ損害モ賠償スルモノトス 附記、興行主ニ於テ開演合図用トシテ煙火入用ノ時ハ内子座管理人中田鹿太郎方ニ取寄セアルヲ以テ購入セラルヘシ 右之通リ相定ム 大正六年十一月実施 株式会社内子座 右心得書ヲ承諾ノ上定席賃借料壱日金弐拾七円五拾銭ヲ以テ本年四月九日ヨリ向フ五日間使用賃借契約候処実正也 然ル上ハ使用スルトセザルニ拘ラズ賃借料御仕払可申候仍而如件一、定席賃借契約手附金五拾円提供ス 但シ勧業債券拾円五枚也 大正十年四月一日 賃借人 鎌田儀三郎 株式会社内子座御中 (※註 八の条中□□部ハ未記載)
〈人形芝居興行契約証〉一、今般喜多郡内子町内子座ニ於テ興行ノ儀ヲ契約シ左ノ条款ヲ締結ス 第一条大正五年二月二十二日ヨリ十日間興行ス但シ□□興行打揚次第一座乗込ノ事 第二条金参百弐拾円也興行十一日間ニ対スル一座給料但シ受元ヨリ座方エ払込金割日限左之通リ 一金六拾四円ハ本日手附トシテ受元ヨリ座方エ渡ス 一金百弐拾八円ハ一座乗込ノ際受元ヨリ座方エ渡ス 一金百弐拾八円ハ興行第六日目受方ヨリ座方エ渡ス 第三条天候ト座方前々興行ノ都合ニヨリ第一条ノ日限伸縮アルモ受元ニ於テ苦情無之事 第四条左ニ掲ル費用ハ受元ヨリ支辨可致事一、芸人及来客人一座惣人員ノ賄止宿料ハ一座入込ノ当日ヨリ興行中尚満日後仕舞トシテ二日間且ツ楽家掛ケトシテ前日乗込ノ者賄止宿料共 一、芝居道具及一座人員尚手荷物等ハ長浜町ヨリ迎イ取ノ運搬諸入費共 一、興行中切遺ノ竹木板貫針及ヒ油蝋燭尚芸題二対スル借物等ノ諸費 一、大工壱人風呂場媛及ヒ理髪人油方借物方等興行中附置キ諸入費尚桟敷二枠座方エ渡ス 一、座方消耗品ニ替ユル代金トシテ金五円也尚ホ戸札三枚分ノ代金共受元ヨリ座方ニ渡ス第五条芸題ハ座方ニ仕組アルヲ演ズ尤古作丸本ニ対照スルトキハ加除アルベシ且ツ妹脊山等ハ座方最別芸題タルヲ以テ此芸題ヲ演スル前日二受元ヨリ座方エ余内金示談ノ事 第六条興行中ニ於テ太夫三味引役者ノ中ニ病気又ハ事故ニヨリ本役勤難キ場合ニハ次ノ者ヲ以テ代役致ス事但シ追抱別人太夫右ノ場合ニハ双方示談ノ事 第七条興業中雨天又ハ事故ニヨリ芸題二段目ニテ入掛中止致ストキハ座方給料日割ノ半格尚又三段目ニ掛リ同上ノ際ハ丸給金タル事 第八条事故ニヨリ受元ヨリ違約スルトキハ証捷金座方エ流シ座方ヨリ違約ノ節ハ受元エ倍返シノ事 右之通リ契約スル上ハ後日二異議無之依而証書弐通ヲ作リ双方取替候処如斯 淡路国三原郡市村本家吉田伝次郎一座賣込入小林富吉(印)大正五年二月十五日 喜多郡内子町興行受元安川喜十郎(印)
〈※註同前〉
※内子町町並保存対策室に「大典記念株式会社内子座」建設の「趣意書」があり、田中恒夫は「興業等記録」を保存している(「郷土うちこ」第九号)。