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愛媛県史 地誌Ⅱ(南予)(昭和60年3月31日発行)

三 八幡浜市の都市機能と都市構造


 農業都市八幡浜

 都市は多くの人口をかかえているので、その機能には、都市のもつ共通した一般的機能と、それぞれの都市に固有の特殊な機能とがある。むしろ後者の機能をみたほうが都市の個性を知るのに適当である。というのは、都市の機能も、それぞれの地理的、経済的、社会的諸条件のもとで分業を行なっているからである。
 県内の一二の都市について、国勢調査による各市の産業別就業者の割合を県内都市のその平均の割合に対する水準値を用いて、特化の程度をみたのが表3―42である。この特化係数は、各都市がどの産業部門に多くの人をかかえているかの相対的な比較によるものである。その係数が一〇〇を超えているのは、県内都市の平均より高いことを示し、特定の産業部門の活動に特色をもっている。
 八幡浜市についてみると規模のうえから宇和島市につぐ地域の中心都市であるが、農林水産業への特化係数が二二五ときわめて大きい。農林水産業のみが一〇〇を超す都市は八幡浜市のみで典型的な農業都市である。ただ大洲市・北条市・伊予市とともに、第二次・三次産業への集中を都市の資格としてみたとき、これらを都市とよべるかどうかは疑問である。八幡浜市の場合、卸・小売業はほぼ県の平均値で、運輸・通信業、サービス業が平均値にやや近い。逆に製造業は、宇和島市・大洲市・松山市とともにきわめて低い値を示し、その地位の低いことを示している。
 昭和五五年の産業別就業人口をみると、第一次産業の二三・六%は、大洲市の二五・二%、伊予市の二三・八%についで高い(図3―19)。第一次産業の中心をなす農業生産額六六・六億円の内訳をみると、果実が七〇・四%を占め、豚七・八%、にわとり七・六%がこれに次いでいる。

 低い工業生産

 産業別就業人口比でみた製造業の割合はわずかに一四・六%で、市部では宇和島市の一二・八%についで低い。従って、製造業の特化係数も六六と極めて低い。これは、本市には水産加工、造船、繊維以外にこれといった製造業の発達をみていないためである。なお、五五年の製造品出荷額などの二五五億円の内訳をみると、一位はかまぼこに代表される水産加工品の食料品が二七・八%を占め、造船業が一九・〇%でこれにつづき、酒六に代表される繊維工業が一五・四%で三位である。以下は図3―20に示すとおりで、出荷額の低さもさることながら、食料品や繊維の軽工業部門が上位を占めることは、工業部門のたち遅れを示すものといえよう。この原因は商業・運輸・サービス業都市として発展してきた歴史性と狭小な湾頭に開け、埋め立てにより土地を確保しつづけざるを得なかったという土地不足が大きく影響している。

 水産加工と繊維の町

 八幡浜市の製造品出荷額の第一位は食料品で二七・八%を占め、第二位が運送で一九%、これは輸送用機械の造船業である。第三位は酒六に代表される繊維工業で一五・四%を占め、これら三部門で六二・二%に達する。
 食料品工業のうちでもっとも重要な地位を占めるのは水産練製品製造業である。本市は中型底びき(トロール)漁業の基地として、年間水揚げ高四・四万トン(五六年度)に達する県内最大の水産業地である。これを背景として練り製品、節(ふし)類、珍味加工、冷凍、煮干し、飼料・肥料、魚油、その他の水産加工業が発達している。かまぼこ類の製造工場は、市街地に分散して立地しているが、魚市場に近い大黒町周辺や八幡浜駅前通りの新・旧国道一九七号沿いにやや集中傾向を示している。
 今なお、第三位の出荷額をほこっている繊維工業の中心は、明治二一年(一八八八)創業の酒六である。織物業は古くから家内工業として行なわれていたが、五反田縞のような安価で強じんな品質が買われ、その製品は農山漁村に販路を開いた。このような背景のなかで、この地の機業を県下屈指の地位に発展させた酒六は、手織りの町工場から、広幅織機を導入して輸出綿布の生産を主とするようになり、綿布・タオル・製糸の諸工場を設立し、地元資本による全国屈指の綿織工場に発展した。現在、向灘の酒六本社工場では織布生産で年産約二〇億円をあげている。

 中心商店街の分布と特色

 八幡浜市の小売店舗は、国道一九七号に沿った桧谷から大黒町までの中央地区に約六〇%が分布している。その中で特に集積度の高い中心商店街は、市役所や市民会館の南隣を東西に延びる矢野町とそれに直交して南北に並行する新町・千代田町・大黒町である(図3―21)。本市の市街地は、藩政期以後埋め立てによって拡大されたものであり、過去には大法寺のすぐ下まで海であったという。現在の中心市街地も明治期以後に埋め立て、整備されたものである。
 矢野町四丁目から七丁目に至る銀座商店街(延長二〇〇m)には、七五の店舗が集積している。昭和三八年当市で最も早くアーケードが設置され、五三年にはカラー舗装も施され、中心商店街として整備された。その業種構成をみると、婦人服、呉服など衣料関係と飲食店、喫茶店など女性や若者を対象とした店舗が目立つ(図3―22・表3-43)。
 銀座商店街と南北に直交する新町商店街は、銀座に次いで三九年にアーケードを設置、五四年改装、カラー舗装を完成した。延長五〇八mに及ぶこの商店街には、紳士・婦人服、呉服などの衣料関係や家具、家電品、書籍、文房具店など一一一店の多様な業種の集積をみている。店舗格差も小さく、整った商店街である。
 新町の西隣りの千代田町商店街(延長一五〇m)は、三三年に立地した大型店「えひめいずみ」を中核として顧客吸引力が強い。「えひめいずみ」周辺には、大型店と競合の少ない衣料専門店や理容・美容、クリーニングなどのサービス業が多く、喫茶店、酒場などの飲食店を中心とする商店街の北部と機能を異にしている。これら三つの商店街は隣接し、独立性が小さく連続性をもっている。
 大黒町商店街(延長二〇〇m)には、文房具、医薬品、化粧品、菓子、海産物など四八店舗が立地し、その延長および周辺には食品関係の製造業なども多い。街路は定期バスの運行路にも当たり交通も頻繁である。中心商店街の中では一般民家の混入が最も多く、商店街らしさに欠ける面もある。

 水産業関連施設の多い沖新田

 今日の八幡浜を代表する産業はみかん栽培とトロール漁業である。このうち中型トロールによる漁獲の約四〇%、一万二〇〇〇トンは、当市に水揚げされることから、かまぼこなど練り製品製造は盛んで、三二事業所で三四億円(五六年度)の生産額をあげ、市の基礎的産業となっている。
 水産業関連施設の分布は臨海部の沖新田地区が中心で、水産物産地流通センター(八幡浜魚市場)や八幡浜漁協本部、同冷凍冷蔵庫、製氷工場のほか、仲買人など水産関係業者の事務所、倉庫がある。また、ここは重要港湾八幡浜港の中枢部で、港湾ビル・観光ビル、駐車場、小公園、水上警察署、倉庫群がある。沖新田と大黒町通りの間にはかまぼこ工場をはじめ、釣具店、船具店、水産会社、海産物店、倉庫、運輸関係施設の分布が目立つ。なお、これらに類する施設は対岸の向灘地区にも分布する。

 陸上・海上交通の拠点八幡浜

 八幡浜市は、かつて半農半漁の一寒村にすぎず、むしろ同市の西に位置する保内町川之石が海運や商業で栄えていた。今日のように西四国の玄関港としての港湾都市として発展したのは、江戸時代にいわし漁による製造・販売基地として栄えたこと、幕末に御用商人が長崎・大阪との航路を開設したことなどによる。同市の交通の最大の特色は、対九州との交通における愛媛県の西の玄関口にあたり、四国と九州の交通の結節機能を果たしていることである。同港からは、宇和島運輸と九四フェリーの共同運航のフェリーボートが八幡浜―臼杵間を一日九往復、宇和島―八幡浜―別府間(一便は三崎寄港)には宇和島運輸のフェリーが五往復運行されている。さらに、佐田岬半島を後背地としていることから、沿岸地域を結ぶ航路が開かれている。とくに佐田岬半島では、伊方町九町以西で幹線道路である国道一九七号の整備の遅れから、沿岸航路が重要な交通路となっている。このように八幡浜市は海上交通の要地にあるため、港湾の整備も進み、昭和三五年には重要港湾に指定された。しかし、平地が少ないため、港湾整備は必然的に沖新田の海面の埋め立てを指向し、それを促進した。その埋め立て地には魚市場や西海漁協・漁協製氷工場・水産倉庫、沖合底びき網漁船の接岸施設などの水産関係の施設やフェリーボートのターミナルが立地している。
 このように海上交通は古くから発達したものの、陸上交通の遅れは著しかった。これは単に八幡浜市だけでなく南予地域全体の交通の特色であって、同地域は長い間「海主陸従」、すなわち海上交通主体の地域であった。たとえば、予讃線が昭和一四年に八幡浜市に開通する前までは、松山市へは佐田岬半島を迂回する航路が主な交通路であったし、第二次世界大戦という特殊な事情があったが、予讃本線の八幡浜―卯之町間が開通しだのは、二○年六月で高松―宇和島間の最後であった。
 地形的な制約の大きい当地域の道路の整備は遅れがちで、幹線国道である一九七号の改修は、四六年の八幡浜市と大洲市の間の夜昼トンネル(二一九四m)の開通に始まるといえる。これにより、陸上交通は飛躍的に改善され、運輸業をはじめ、農水産加工、運動公園など、八幡浜市の機能が大洲市に波及する度合いが強くなり、また八幡浜市内に勤務する者が地価の安い大洲市に住宅を建設するという傾向がみられるようになった。その後、五一年には国道一九七号の八幡浜バイパス(愛宕山トンネル、六五〇m)の開通や保内町川之石―伊方町湊浦間の開通(四・六㎞、五〇年)、湊浦―九町間(四・四㎞、五三年)の開通をはじめ、県道八幡浜―宇和線、同八幡浜―三瓶線の改修も進行中で、五〇年代になってやっと陸上交通の整備が始まったといえる。
 こうした鉄道、道路の整備は国道、県道沿線に運輸関連施設や大型スーパーマーケット、自動車修理工場、倉庫、各種商品販売店などの立地をみており、国道一九七号の駅前通り~昭和通り、主要地方道八幡浜-宇和線の産業通りなどはその典型例である。
 なお、八幡浜市の都市圏については別項にゆずる。













表3-42 愛媛県内都市の産業別就業者構成からみた特化係数

表3-42 愛媛県内都市の産業別就業者構成からみた特化係数


図3-19 八幡浜市の産業別人口構成比

図3-19 八幡浜市の産業別人口構成比


図3-20 八幡浜市の工業―製造品出荷額など

図3-20 八幡浜市の工業―製造品出荷額など


図3-21 八幡浜市の商店街の分布

図3-21 八幡浜市の商店街の分布


図3-22 八幡浜市の中心商店街の形態と業種構成

図3-22 八幡浜市の中心商店街の形態と業種構成


表3-43 八幡浜中心商店街の業種構成

表3-43 八幡浜中心商店街の業種構成