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愛媛県史 地誌Ⅱ(東予東部)(昭和63年2月29日発行)

一〇 陣屋町小松

 小松陣屋の成立

 西条藩主一柳監物直盛の急死後遺領は三人の子に分知され、三男直頼は周敷郡一一か村と新居郡四か村一万石の所領で、周敷郡新屋敷村塚村に寛永一三年(一六三六)立藩した。同一五年(一六三八)塚村(現岡村)を小松と改め陣屋を設置したので以後小松藩と呼ばれた。
 新屋敷村は中山川北川の白坪から移住したとされるが、これは中山川の氾濫などで村を移したと考えられ、村の南半は約三〇mから約六mと北へ傾斜する台地斜面で、塚村(又は陵村)は古墳群にちなむとされ、「小松」も小松の生えた原野より起こったとされる。
 陣屋は新屋敷村小松の高台に設けられたが西条藩氷見と直接境を接している。他藩との境に直ちに接して陣屋を構えるというのは異例のことであるが、これは本家西条藩との近親感からなされたものである。小松陣屋は小松藩公館とか御殿とか呼ばれており藩主居館のみを指し、東西六三間、南北一〇〇間、面積は二町一反であった。また、その南に接してほぼ同面積で台地斜面を利用した逍遥園と呼ぶ山荘庭園が造成されており、山水、木石のととのった名園で小藩に過ぎたるものといわれた。家中士分は文久三年(一八六三)の記録で、一三七名、足軽、小者も合わせると一九四名である。陣屋の周囲は丸の内と呼ばれ上士二二人の屋敷があり、陣屋正面に大木戸があって、今の東町に出、それより西側の丸の外(現在旧藩と呼ぶ)には中広道(ほぼ現在の駅前通りにあたっている)、上横町・下横町に五〇戸に近い中・下士分の屋敷があり、その中を通って藩主菩提の仏心寺や墓地のお霊屋に至る道が陣屋より続いていた(図2―43)。
 有名な儒者近藤篤山邸は外近藤と呼ばれ丸の内に接した丸の外にあった。なおこの侍屋敷(旧藩)の西端に、千足山村から石鎚に至るお山道があった。

 小松陣屋町と商店街

 陣屋・丸の内・丸の外(旧藩)に加え町人町も含めて小松陣屋町と呼んで新屋敷村と区分していた。町人町は丸の内等の武家屋敷のすぐ北側の東西に長い町筋で、松山からの金毘羅街道であり、小松陣屋町内ではその東西端はかぎ型に曲折している。主な町筋は東から東西方向に、東町(一町四三間)横町はそれに続いて南北に曲り、本町は東西に曲って(一町四六間)中町はそれに続き(一町五六間)西町は更にその西に続いて一部屈折して小松川に向う(三町四〇間)。明治初期の『伊予国周布地誌』によると商業二一○戸、その他雑業一三八戸とある。
 周桑平野には一六四〇年代に丹原町、新町と小松陣屋町の新商業集落が形成されたわけである。そして丹原町が商業七六、工業三五とあるのと比べると小松陣屋町は金毘羅街道ぞいの一大商業街村であったことがわかる。明治末期から大正期にかけての商店数は一二八軒、主たる業種は食品二〇、製造、小売二一、雑貨一三、旅館飲食業一〇、呉服五、薬店三等で、陣屋町では何でもそろうという実態であった。現在は此の町筋の戸数(駐車場、空家を含む)約一五三戸のうち主たるものは民家一〇三、商店三四で、東予市新町程ではないが、しもた屋の並ぶ住宅町の傾向が著しく、駅前通りと直交する本町、中町筋に商店が残されている。現在の商店街の中心はJR小松駅開設後にできた駅前通り、及び国道一一号ぞいに西条市氷見に続く新商店街であり、ここにもモータリゼイションの影響が強くみられる(写真2―36)。
 小松町の昭和六〇年の商店数は二〇〇戸で、そのうち駅前通りに約五四戸、国道一一号東予検問所以東に約三九戸、旧陣屋町内に約三四戸で市街地合わせて約六三%となっている(図2―44・45)。
 小松町の都市計画は次のごとくである。

(一)近隣商店地域―旧陣屋町内の本町・中町・駅前通り商店街、小松役場以東の国道一一号ぞい商店街地区。
(ニ)住居地域―国道一一号ぞいの一帯及び一本松地区で第一種住宅専用地域は旧陣屋、旧藩地区を含む住居地域の後背地
(三)工業専用地域、準工業地域及び適地―中山川をはさむ北部地域で、安藤セメント工業、広栄機械製作所、東予建材センター、農協カーセンター、ライスセンター、ダスキン小松、日野精工等内陸型の工場群が立地している(図2―46)。

 小松町人口が昭和四五年と比して同六〇年で約九%増加し、事業所等も増勢にあるのは国道一一号ぞいの活況と北部の内陸中小企業の立地に負うところが大きい。
 なお商圏の競合関係は最寄品は八〇~八五%が地元商店街であるが、その他の専門品は約六〇%が町外で、その内訳は西条市と東予市・今治市で切半している。特に西条・東予市との競合関係については、小松町内の専門店の充実が必要である。国道一一号に沿う西条市氷見商店街との連続性に将来の広域都市圏の一方向が見られる。





図2-43 小松藩陣屋・武家屋敷図

図2-43 小松藩陣屋・武家屋敷図


図2-44 旧小松陣屋町商店街(旧金毘羅街道沿い)の商店分布

図2-44 旧小松陣屋町商店街(旧金毘羅街道沿い)の商店分布

(昭和62年)

図2-45 旧小松陣屋町商店街(旧金毘羅街道沿い)の商店分布

図2-45 旧小松陣屋町商店街(旧金毘羅街道沿い)の商店分布

(明治末期より大正時代にかけて)

図2-46 小松町都市計画図

図2-46 小松町都市計画図