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わがふるさとと愛媛学Ⅴ ~平成9年度 愛媛学セミナー集録~

◇先祖から引き継ぐ自然環境

 民俗学が一番大事にしましたのは、先祖からの知恵です。柳田国男はこれを「親親の知恵」と呼びました。お父さん、お母さん、またそのお父さん、お母さんからの知恵。民俗学はそれを学んでいく。この民俗学は、明治時代に入っても学校で教えなかったものですから、郷土史という形で、個人の独学によって勉強していったわけです。どういうふうに勉強したかというと、昔のことを御存じの方々のところに行って、「親親の知恵」を聞いていった。そうすると、「嫁盗み」でお話しましたように、知恵に隠されているからくりが分かってくる。そういう「親親の知恵」を学んでいきました。
 その知恵の一つだけをお話しておきますと、「講(こう)」という風習があります。「伊勢講」とか、「子安(こやす)講」、「日待ち講」などがそうです。村には、財産や家柄などによって格差のある人々が、一緒にくらしています。では、ランクの低い人は、いつも頭を下げて、へいこら、へいこらと一生を過ごさなければいけないのかというと、実はそうではないのです。頭を下げ続けの一生など耐えられるものではありません。そのために、やはり人々は工夫をしているわけです。その工夫が講です。講の集まる時には、あんたは地主の子だから、あんたは水呑(みずのみ)百姓だからとかいう区別は、一般論で言いますと、ありません。それはちょうど、会社に勤めておられた方は御存じかと思いますが、昼休みに屋上でバレーボールするときに、部長さんも課長さんも平社員も、みんな一緒になってやっていますね。そして、部長さんがミスをしてボールを受けそこねても、「わしは部長で、お前は平だから、あのボールを取ってこい。」なんていうことを、部長は普通は言いません。これと同じからくりが、やはり講にもありました。
 実際、私たちは集まって人の悪口を言いたい時がありませんか。ある時、私は観音講に参加してみたのですが、おばあさんたちが集まって何の話をしているかと言うと、嫁さんの批判が楽しい話題になっている。また、子安講というのは、子供がすくすく育つための講ですが、じゃあ若い嫁さんたちが集まって何をしゃべっているかと言ったら、姑(しゅうとめ)の悪口も出てくる。それで、お互いにしゃべると、気持ちがスカッとしていいじゃないですか。口で言うほどは苦労に思ってなくても、しゃべって同情してもらったり、あるいは、ちょっと言いすぎたなと思っても、言ったら気持ちがいい、というようなことは、どこでもあったわけです。
 ただ、夜になって、おばあさんばかりが「一堂に会します。」と言ったら、家族の者はいい感じがしません。同様に、若い嫁さんたちが、「夜、集まります。」と言ったら、こちらもいい感じがしませんよね。ところが、「今から観音講の集まりに行きます。」と言ったら、戸主や息子、嫁も、「御苦労さんでございます。」ということになる。なぜなら観音講は、御先祖さんを全体で拝む集まりだからです。御苦労さんでございますと言わざるを得ないし、なにかそのような気持ちになります。それで、おばあさんが集まって、数珠をクリクリ回している。回していてしばらくたったら、嫁さんの悪口になる。一番ひどいのは戸主たちによる日待ち講ですが、これなどは、天照皇大神と書いたものを、本当に5秒間ほど拝んだだけで、もう別の場所で酒を飲んでるわけです。だけども、やっぱり、「お日待ち講に行って参ります。」とか、嫁さんが、「今から子安講に行きますから。」と言ったら、おばあさんも、母親も、「御苦労さんです。」と言わざるをえない。「御苦労さんでございます。」と、頭を下げてもらって、出かけていく。そしたら、送った側も気持ちがいいし、出かけた人も、それでストレスを解消する。講というのは、こういう機能も持っていた。
 これが親親の知恵であることが、実際に参加して分かってくるわけです。親、またその親がずっとつくってきた知恵というものは、すごいなあと感心する。そして、こうした知恵があるならば、当然、環境についても同じ知恵があるのではないかというのが、環境民俗学の出発点なのです。
 環境民俗学というのは、実はたいへん新しく、5、6年前に始まりました。民俗学が自然環境を分析していた伝統はなかったわけではありませんが、正式に「環境民俗学」という表現をとったのが、いま言った5、6年前なのです。私が編をした『試みとしての環境民俗学』(雄山閣)という本が環境民俗学と名のった最初の本なのですが、そこに「試みとしての」という表現が入っているように、それが最初なのです。環境民俗学を思いついたのは昭和55年(1980年)のころです。当時は、エコロジー論がたいへん盛んでした。なぜ私が環境民俗学をやらなければいけないと思ったかといいますと、このエコロジー論は、主に生物学の知識を借用していました。生物学そのものは悪くないのですが、それを使ったエコロジー論として運動になったときにおかしなことになったのです。
 例えば、「農民や漁民は、環境を破壊するからけしからん。」というような極端なことを言う人まで出てきた。エコロジー論からすると、確かに人間は自然に入って、いろいろな意味で破壊している。それはけしからんことだ。そのことを真に受けた一番極端な人たちが、農民、漁民もけしからんと言うようになった。あいつらは魚を捕ったり、自然を耕したりしているからけしからんとなった。しかし、この意見はどうもおかしい。これはやっぱり反論しないといけないということで、私どもは、エコロジー論反対派になって参りました。エコシステム(生態系)をきちんと守ろうというのは分かるのですが、彼らが言う生態系の中に、どういう訳か人間が入っていないのです。人間が入ると、その生態系を壊すと考える。ところが問題は、人間は今まで、特に日本では、人間と自然とが入れ子状で存在してきたわけです。それなのに、人間は生態系を破壊するからけしからんと言われたら、我々はどう過ごしたらいいのか分からなくなります。そのため、現在の国の政策も、腰が十分決まってなくてどぎまぎしているのです。日本の森林政策をエコロジー論で実行したらたいへんですよ。日本の森はほとんど人の手が入っていて、いわゆる純粋の天然林は1%を切っていますから。しかし、手を加えているから、山が崩れずに残っているところなどもあるわけです。そういうことを、もう少し理屈を持って考えられないかなということで環境民俗学を始めました。
 私は、やはり基本的には、自然と人間とのコミュニケーションが大切であると考えます。例えば、淀川を漁場にしている川魚漁師の息子がお父ちゃんに、「どうしたらコイが捕れるの。」と聞いたとき、お父ちゃんは、「コイのことはコイに聞け。」と答えた。これはいい言葉だなと思います。コイのことはコイに聞けという言い方は、実に工夫として、コイの生態が分かるということ、つまり、生物界の論理に従えということなのです。私は、いいことだなと思います。この生物界の論理と重なるようにして、人間界の論理があります。これについては、泳いでいるコイはあずかり知らないことなのです。どういうことかと言いますと、コイは自分勝手に泳いでいるのですが、地元の人たちは、目の前を泳いでいるコイは捕っていいコイか、捕って悪いコイかを知っているのです。
 具体的に申し上げましょう。水かさが増えて、田んぼの中に入って来ているコイは、だれが捕っていいのか、悪いのか。あるいは、小川にいるコイは、だれが捕っていいのか、悪いのか。そういうことが全部頭の中に入っているわけです。捕ってはいけない所で捕ると、盗人になるわけです。捕ってもいい所だったら、「やあ、いいコイを捕ったね。」とほめてもらえる。そのことは、泳いでいるコイさんは、全然知らないことなのです。しかし人間界には、人間界の論理があるのです。そして、実はコイの捕獲というのは、そのコイ自身の論理、すなわち生物の論理と、人間界の論理が重なったところで行われているのです。
 もう一例だけ言いますと、ここにカキの木があるとします。それに実がなります。ある人の家の中のカキの木を取るのは、いたずら小僧だけですね。大人が他人の家のカキの木によじ登って実を取るわけにいきません。ところが、これが田んぼや畑の畦道に生えているカキの木だと、「ちょっと取ってもいいかな。でも、まずいかな」と思う。それが里山あたりに生えていると、「取っても大丈夫だろう。」さらに、もうちょっと奥の人目につかない場所になると、「しめしめ」と思ってカキの実を取ります。このような考え方は、だれにも教わったわけではないのですが、こうした発想が頭の中にあるのです。御承知のように、日本は、山林も全部所有者が決まっています。屋敷地や田畑と一緒で、全部だれかの土地です。それにもかかわらず、こういうルールがあるわけです。だから、さっきのコイも、だれの所有物でもないにもかかわらず、人間界のルールがあって、それで泳いでいる場所によって、捕って良くなったり、盗人になったりする。こういうことを、私どもは調べ始めました。
 結局、魚と人間とがお互いに生きていくための妥協として、「すりあわせ」をするわけです。お互いの妥協点ですね。この妥協点が、漁獲高になるわけです。人間と自然とのすりあわせの中で、お互いに生きていかないといけないから、「人間の方も取るよ。でも取り尽くすことはしないからね。」ということです。これが自然と人間との「この世」でのコミュニケーションなのです。
 ただ、ややこしいのは、人間というのは意識の中に「あの世」があるのです。あの世とのコミュニケーションの問題が、自然の場合にも出てきます。愛媛県にも、大きな岩とか木には神様が住んでいるという言い伝えがある。これは愛媛だけではなく、よその地域にもあります。大きな岩とか木とかには何かがいると思うのですね。余談になりますが、日本人は、岩に対して何か特殊な考え方がありまして、ずっと時代がたつと、岩が少しずつ大きくなると思っている奇妙な民族です。これは、木が時代を経ると大きくなることと同じ発想です。小さい岩が時がたつとだんだん大きくなって、そこに神が宿る。岩も大きくなる。たとえば、日本の国歌はそれしか言っていません。「小さな石(さざれ石)がだんだん大きくなるとね、…」と言ってるだけです。
 あとでスライドでお見せしますが、たとえば我々は、自分の家の墓地に植えた木が、ちょっと大きくなったからと言って、気楽には切ることができません。というのは、その木に、亡くなったおじいさんやおばあさん、さらにもっと先祖の何かが宿ってると思ってしまうのです。もしこれが、人々が普通に共通に持っている感覚であるならば、それを大事にしたら、環境保全に使えるのではないか。環境を守ることについて、それだったら納得できるというのがあるのではないかという考え方に、民俗学は向いてきました。それともう一つ、あの世とのコミュニケーションにおいて、木とか岩、あるいは山全体に対してなど、そういうものには何か神々しいものが宿っているという気持ちを、私たちが共通の価値観として持っているとするならば、それをもっと大事にする必要があるのではないか。こうしたことが、民俗学を、環境あるいは景観に応用したときの論理として形成されてきました。