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宇和海と生活文化(平成4年度)

(2)海より流れ寄り来る神

 **さん(八幡浜市八代  大正3年生まれ 78歳)
 **さん(八幡浜市白浜通 大正13年生まれ 68歳)
 **さん(三瓶町垣生   昭和3年生まれ 64歳)
 **さん(瀬戸町三机  明治39年生まれ 85歳)
 わが国の漁村のエビス信仰にまつわる伝承として、エビス神は漂着神的性格をもつとか、寄り神的性格をもつとかいわれている。前述した西宮の古伝説もその性格を如実に物語るものである。鯛を抱くエビス神像以外にも、エビスの御神体が海底の石であったり、網の中央の浮子(あば)を「エビス浮子」とか「網霊(おおだま)」と称して大切にしたり、またサメやクジラがエビスであったり、なかには海に漂う死人がエビス様である場合もある(㉗㉘㉙)。これらは海から流れ寄り来るものを大切にする漁民の心意のあらわれであろう。
 エビス神が神社にまつられているばかりでなく、個人の家の神棚にもエビス・ダイコクがまつられ、商売繁昌、家内安全を祈願するばかりでなく、漁の神さまとして出漁前に豊漁を、漁から帰れば感謝のために手を合わす。三瓶町垣生のホコ漁の名人、**さんの家には二つのエビスをまつっている(写真1-3-18参照)。一つは親父さんのもの、一つが**さんのものである。**さんが独立したさい新しく自身のエビスをつくり、まつる場所は別にしている。また一本釣りの漁師が、釣り糸を海に投げ入れるさい、「チエ、工ベス」とか「オオダマ来い」と唱える習俗は、エビスに招福を願う心意の表明であろう。
 瀬戸町三机の**さんは85歳で耳は不自由だが元気で、今でも漁に出てタチウオの漕ぎ釣りをやっている。**さんもエビス信仰について、「昔の漁師はエビス祭りは几帳面にやりよった。自分の家の神棚のオイベッサンを拝んで大漁を願ったものだ。今は船に魚群探知器を積んで科学的にやるんじゃといっているが、魚群探知器を持つ船が多く釣るとは限らない。」と話された。

 ア 八幡浜の十日えびす

 エビス信仰でとくに有名なのは、八幡浜市の「十日えびす」の行事である。八幡浜市では旧暦の1月10日に魚市場で、航海の安全と豊漁を祈る神事が行われる。神事のあとエビス像を海に投げ入れ、その朝一番に入港したトロール船の若者が飛び込んでエビス像を拾い、海水で浄めて再び神社に奉納する行事である。
 このエビス像は天保年間(1830年~1844年)に、八幡浜の佐島の沖に祠ごと浮いて流れていた。漁民がそれを引いて帰り、浜に社殿を建てまつった。社殿はなん度か移転して、現在は八幡浜大神宮にまつられている。「十日えびす」の日に像を投げ入れるのは、エビス像が乾燥しひからびてくるので、年に1回海中につけ、うるおいをとりもどすためであるといっている(八尺神社清家清宮司談)。それだけではなく、もともと海から寄り来たった神を、一度海にもどし、再び拾いあげるという、漁民や魚市場関係者の豊漁を願う気持ちが、この行事を定着させていったものであろう。

 イ トロール船についたエビス像と神像

 八幡浜の向灘は、かつては打瀬網漁業の基地として、トロール漁業の根拠地として栄えてきた港町である。
 トロール船主である**さんの共栄水産の事務所にエビス像(高さ約20cm、幅約11cm)がまつられている。この像は今から35年ほど前(昭和32年ころ)、宮崎市の共栄水産の倉庫の前の海岸に流れ着いたものである。なかなか立派な像である。
 また今年(平成4年)2月末に共栄水産の八勝丸が大分県鶴見崎の豊後水道沖でイカ漁中に引きあげた神像もまつってある。**さんの話では、「網の中の漁獲物を選別中にスコップにカチンと当たるものがある。チカ、チカと光るので取り出してみると、海ホーヅキに覆われた像であった。事務室に安置して約2か月かかって、像に付着しているホーヅキやエムシをピンセットで取り出し乾燥させた。」
 像の高さ約40cm、台座は20cm²四方で材質は不明であるが、像の全体から中国のもののようであった。
 「この海域は八幡浜のトロール船だけでも、今迄になん百回となく操業している海域である。その中でうちの網にかかってきたのはなにか不思議な因縁のようなものを感じる。」ともいわれた。
 また「向灘では昔から、海から流れてくるものを大事にするという習性がある。海の仲間として遭難者を救助することは当然であるが、遺体を引きあげることもまた海の男の義務である。義務というより、むしろ「運がつく」という感覚をもっている。操業中に、第2次世界大戦中に豊後水道海域では、空中戦や機雷の爆発などで、バラバラになった人間の骨があがって来る。それを引きあげたときは、それを捨てることはできない。必ず持ち帰る。漁業者の墓地には、必ず三界万霊碑をつくり、そこにまつって冥福を祈っている。」
 **さんの家にも恵美須さま、船霊さま、金毘羅さまをまつっている。信仰のご利益について**さんは、「今迄にわたしのところは大きな事故(人身事故)を起こしていない。漁のことは良かったり悪かったりである。船員が船の上で怪我をしたということや、船が衝突して沈めたこともあるが、僚船が全部救助している。遭難しても人身事故で死亡者を出さない。これが信心のお陰だと思っている。」といわれた。
 佐田岬半島や対岸の佐賀関でも、エビスを寄り神としてまつる習俗かおる。エビスをまつる祠の前には一銭玉や五円玉のお賓銭とともに、海底から引きあげた形がよく座りのよい石やさんごなどが供えられている(写真1-3-22参照)。

写真1-3-18 漁師の家にまつられているエビス・ダイコク

写真1-3-18 漁師の家にまつられているエビス・ダイコク

三瓶町垣生の**さん宅のエビス・ダイコクの前にシャモジとヒョウタンが供えられている。平成4年9月撮影

写真1-3-22 瀬戸町足成の八幡神社境内にある恵美須社

写真1-3-22 瀬戸町足成の八幡神社境内にある恵美須社

拝殿の前に漁民によって供えられたサンゴや海底の石、海草のくき。平成4年8月撮影