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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成 7年度 愛媛学セミナー集録~

◇水産物主体の、宇和島の郷土料理

 御紹介いただきました、河内屋です。難しい名前を御覧になられて、男性が出てくると思われた方が多いと思いますが、「倭文」と書いて「しず」と読みます。お顔ぶれを見ますと、私なんかよりも、昔のいろんなことをずっとよく御存じの方が多いようですが、私なりのお話をさせていただきますので、よろしくお願いします。
 先ほどの井上先生の発表にもありましたように、南予地方は、交通の便が悪いへき地で、その上、皆さんもよく御存じのように「耕して天に至る」と言われた段々畑で、農作物の収穫物は米穀地帯に比べて少ない土地でござました。そして、段々畑の前には三方に広がる、青い青い海。南予が誇る宇和海の青い海は、あとでお話のある、島原さんの「かまぼこ、てんぷら」を生み、村上さんの「海の宝石、真珠」を育てることになっていったのだと思います。
 段々畑での過酷な労働に加えて、娯楽もあまりなかったでしょうから、生きがいとか楽しみとかは「食べること」になり、この海の幸のおかげで、宇和島は「郷土料理のメッカ」と言われるようになったのだと思います。ただし、愛媛県内では知られていても、高知の「皿鉢(さわち)料理」とか香川の「さぬきうどん」のように全国的に有名ではないので、それが非常に残念だと思います。
 海の恩恵を受けているからでしょうか、やはりお魚を使ったお料理が大変多いんです。「水産物を持っていたから、伊達藩が成り立っていた。」と井上先生がおっしゃいましたが、今の宇和島の町もそうなんです。うちは料理店を経営しておりますけれども、水産物がいいと景気がよく、水産関係が悪いと景気が悪くなるんです。タクシーの運転手さんなども「海のほうが良くないと、宇和島はいけませんな。」というお話をされますし、商店街の方もそう言われるんです。やはり昔も今も、「宇和島(南予地方)は、海に頼ってきたんだな。」と、私は思います。