データベース『えひめの記憶』
宇和島市
高月狸兄(生年不詳~1762)
俳人。商人。吉田(現、宇和島市吉田町)を中心に活動した人。淡々門の主要俳人・浦川富天(うらかわふてん)に師事し、椎本芳室(しいのもとほうしつ)編の『妻戸埜波那(めとのはな)』に連句を定雄、恩竹とともに寄せている。伊勢神宮などへの紀行『存(おもい)のほかの日記』を残し、吉田に淡々流を広めた。(『愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~』より)
【追記】
高月狸兄墓所:大乗寺(宇和寺庵市吉田町立間)
【吉田ふれあい国安の郷にある狸兄の句碑】
仏にも ならて涼しき 庵哉