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内子町

丸井千年(1897〜1983)

 明治30年~昭和58年(1897~1983)医師。辺地医療に生涯を捧げた。明治30年4月7日、上浮穴郡小田町村(現小田町)で生まれた。大正12年京都帝国大学医学部を卒業、同大学病院で2年間研修した後、母親の懇望で小田に帰り内科小児科病院を開業した。以来57年間へき地医療一筋に専念した。「ある時払いの催促なし、尊い生命に貧富の差はない」を口ぐせに貧民の治療に当たり、医院の経営に苦しんだが、清貧に甘んじ、地域の人々から「いのちの神様」と慕われた。へき地医療の将来を考え、昭和41年済生会小田病院の誘致が実現すると、自己の医院を閉鎖し、町立中山診療所の医師として小田病院と連携しながら地域医療を続けた。昭和41年小田町名誉町民第一号に選ばれ、57年愛媛新聞賞を受けた。昭和58年6月15日、86歳で没した。(『愛媛県史 人物』より)

①丸井千年翁像

①丸井千年翁像

喜多郡内子町(内子町役場小田支所付近)

②小田町役場跡

②小田町役場跡

喜多郡内子町(内子町役場小田支所付近)