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面河村誌

四 天狗の戯話ー柴天

 石鎚・面河山は、天狗との因縁が数々ある。石鎚山には天狗岳があり、面河山一帯、そして近くの山々にまで、天狗が住んでいたとか。
 もちろん、天狗は深山に生息するといわれた、想像上の怪物である。しかし、素ぼくな昔の人々は、一つの天狗像をつくりあげた。人の形をしていて、顔赤く、鼻は異様に高くして、翼があり、飛ぶことも自由、常に羽の団扇を持っている。木を切り倒すことも、風を吹かすことも自由自在、明治時代子供の凧揚げの歌に、
   天狗さん 風おくれ
   鰯の頭を三つやろ
 深山で独り杣仕事をしていると、天狗が友達になり、天狗もその近くで木を切り倒すとか、まさに深山に住む愉快でありユーモラスな想像上の怪物である。
 面河山に「霧」や「迫」という所がある。小谷の両側の傾斜地、霧が立ち込め、うっそうとした樅・栂などの原始林、ここに「柴天狗」が住みついていたといわれる。
 柴天狗というのは、鼻高天狗より小さく、身の丈三尺(約一メートル)ぐらい、小兵ながら、たいへん相撲が好きだったらしい。人が通りかかると、カーン、カーンと斧で木を切る音、ドサッと木が倒れる音が聞こえてくる。青葉がパッと散るが、木はどこにも倒れていない。これはまさに、柴天狗の悪ふざけである。
 ようし、それなら相撲をとってみようと、杣人は相撲の構えをする。どこからか、声がするようだ。
   オラ(自分)柴天狗よ、相撲でもとるか サァ来い。
やがてその人は、目に見えぬ柴天狗にはねを飛ばされる。ほっと我に返った杣人は、夢のような柴天狗との出会いにほっとする。
 柴天狗との相撲に負けてよかった。若し勝てば、それこそたいへん、どんないたずらにさいなまされるかも知れない。柴天狗に相撲をいどまれたら必ず負けてやれとは古老の言い伝えである。なんとしても愉快な面河ならではの戯話である。