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中山町誌

二、 正月

 若水汲み
 一月一日の朝、家の主人が自分の家の井戸やわき水、近くの川から水を汲む。これを「ワカミズクミ」という。また、「若水を迎える」というところもある。若水を汲む前、その場所に米を数粒撒いたり、イリコと米をヤマクサに浮かばせたものを入れるところもある。水を汲む場所には、水神様にお飾りを供えた。
 水を汲むとき、「福汲む、徳汲む、幸い汲む。よろずの宝みな汲みとる。」と言って若水を汲んだところもある。水はテサゲ・ニナイ・サゲなどの桶に汲んだ。汲んできた若水は洗顔や料理・飲料水に使用し、一日中この若水でまかなわれる。
 このようにして、昔の正月は、水の用意から朝の料理まで男がやったものである。また、雑煮を炊くときのたきつけ、すなわち、一年の最初の火力には、前年の一一月一五日(萩立一五日)に採った萩を使用した。
 若水汲みの風習も水道ができると共に、だんだんなくなってきている。家により地域により多少のちがいはあるが、現在行っているところは少ない。正月の料理は戸主がするという風習も、同様に次第に薄れてきた。

 除夜の鐘・初詣で・互礼会
 年があける(夜の一二時を過ぎる)と菩提寺に除夜の鐘をつきに行く人も多く、かなりの数にのぼった。また元旦の未明より各氏神様に初詣をして年間の平安を祈る。
 中山町では有志が町役場における互礼会に参加し、年賀を交わしていたが、平成になってから中止された。

 年始
 一月一日の朝、男の子が年始をすると縁起がよいが、女の子は、よくないといわれた。家に来た男の子には、柿・餅・みかんなどを与えたものである。

 年取り式
 三宝に盛った、柿・栗・みかんなどを家長より一つずつもらって食べることにより年を取ったとしたり、一日の朝家族の者が集まり「おめでとうございます」と合掌することを年取り式という。また、三宝台の三つ重ねの盃に「とそ」を汲んで年をとる。まず、家長より順次長男・二男へと回し、それから主婦・女の子へと回す。それが終わってから、供えてある柿・栗・みかんなどをいただき年取り式とする。地域により、家風によりそれぞれの年取り式があった。
 雑煮も、各自が何個食べるか予告しておいて、それだけ炊いたものである。子供などは自分の年ほど食べると元気に育つなどといったりもしたものである。
 また、一日の朝から一〇日までの間に家族だけや、近隣の人、親戚の者などと酒を飲むことを「オカンシュ」といった。
 正月三ヶ日の間に、嫁をもらった婿が嫁の実家へ大きな鏡餅をひと重ね持っていく。これを「ショウガツレイ」という。この餅は、年玉やお年玉と呼ばれた。嫁の親が両親そろっている場合はひと重ね、男親だけの場合は台の方、女親だけの場合は上の方を持って行く地域もある。

 正月の供物
 鏡餅のことを「オカガミ」または「オカサネ」という。三宝にひと重ねの鏡餅と栗・柿・みかんをのせたものを床の間に置く。その下に、「ヤマクサ」と米を敷くところもある。これを正月神に供える。また、自分の家に祀っている神棚にも餅を供えるのである。