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愛媛県史 芸術・文化財(昭和61年1月31日発行)

六 その他の天然記念物保護上の問題について

 前記のマツのような病気の蔓延による枯死や、生息環境の悪化によるカワウソの衰滅にとどまらず、環境の改変、開発、老化、病虫害などによる指定解除に追いこまれたり、問題になっているものが生物関係の天然記念物にかなり見出される。環境変化では第一に、川、湿地、海岸に繁殖生活するものに多い。

 1 オキチモヅク

 ォキチモヅクは淡水の紅藻で、昭和一三年、米田勇一・八木繁一によって記載され、オキチモヅクと呼ばれるようになった。その後九州にも産することがわかってきたのであるが、いずれも国または県の天然記念物に指定されてきている。
 ところが本県のお吉泉の小川の場合、昭和四四年一一月から翌年五月にかけて、この川下の水利権をもつ重信町見奈良地区の意向で、藻の発生水路の改良工事が強行され、両側壁をコンクリート護岸にしてしまった。そのため、その後の発生がほとんど見られなくなり、昭和四六、七年ごろから全く発生しない状態になっている。
 この水路工事の遠因を考えると、お吉泉のすぐ北を流れる重信川の上流約六㎞に大型の採石場ができ、昭和三七年ごろからその泥流が砂目をふさぎ、伏流水が減り、三八、三九年と、二圭二mもの地下水面の下降を来したことにあるようで、その下流一円、吉久部落付近まで井戸の被害を受けている。なおこのオキチモヅク衰退の因には、上流に二、三の養鶏所ができ、家庭排水、洗剤、除草剤の流水が多くなったことなども考えられた。
 森川国康ら(一九七九)の調査によって、その復元対策を要約すると次のようである。
(一) 水路の幅が広がり、両岸の樹木もなくなって、日射量がふえたことが致命的で、照度を低くすることが第 一。
(二) 一、二の水路の合流、流入により、底に砂がたまり、普通の川に生えるヤマトミクリやセンニンモ、マツ モなどの川になってしまった。光合成の多いこれら緑藻を生えないようにし、土砂をまず除く必要がある。
(三) 合流水路をつけ替え、水量をもっと少なく調整しなければならない。
 最近、長崎大学水産学部の右田清治が、オキチモヅクの培養に成功しており、これらの三つの条件さえ整えられるならば、この郷土の貴重な生物の復元の可能性は大きい。

 2 エヒメアヤメと湿地植物ほか

 エヒメアヤメ(別名タレユエソウ)は昭和三〇年ごろ腰折山で採集された標本にもとづいて、牧野富太郎が名づけた植物で、腰折山は日本におけるその分布南限地の一つである。ところで、二〇年余り前から、化石燃料の影響で、たき木になる松林も手が入らず、下草も刈られず、地元民の草刈り奉仕によってその生育をやっと支え守っていた。ところが昭和五五年二月にここに山火事があって、一〇七五aの松林が焼け、北条市が買いとった五九aの保護区を残して、残念なことに多くは整地し、ヒノキを植えられてしまった。九州の九重山などでは、毎年山焼きをしエヒメアヤメの発生をうながしているぐらいであるから、山火事はこの植物の繁殖にまたとないよいチャンスであったのに、残念なことになった。このエヒメアヤメに似て、満州・朝鮮から日本まで、同様に分布する(図1―9)ゲソジスミレ(一名、イヨスミレで、エヒメアヤメと前後して発見され、牧野富太郎博士がイヨスミレと命名)もここに産し、昭和五八年北条市の天然記念物に指定された。エヒメアヤメは栽培のむっかしい植物であるが、広島県甲奴郡上下町の原田一郎の長年の努力によって、実生からの栽培ができるようになった。朗報ではあるが、なんと言っても管理の努力こそが課題となろう。
 今治市孫兵衛作で、東予国民休暇村人口の蛇池の東南隅約五〇aの湿地には、サギソウを主とし、アオトソボ、ネジバナ、トキソウなどのラソ科植物、モウセンゴケ、イシモチソウ、ムラサキミミカキグサなどの食虫植物、さらにヒナノカソザシ、クログワイ、ネビキグサなど、約六〇種の湿地植物が成育する。ところがもう二〇年近く草刈りをしなくなり、開発や汚水の流入、アメリカセンダングサやツルヨシの侵入で危機にひんしていたが、幸い地元の方々、学校の先生方の努力でかなり復元されているが、予断をゆるせない。ここに発生していた珍しいハッチEウトゾボも絶滅してしまった。北宇和郡津島町御内のサギソウ自生地も、盗採を防ぐためフェンスを張ったところが、囲いの内の除草がされにくくなった上に、水流の減少で湿地が乾いて、より乾燥地に適応したイネ科植物などに負けてしまっている。
 その他、海岸の埋め立てによって、その発生地を失った東予市のカブトガ二や新居浜市のアツケシソウ、河川の改修や護岸によって衰退した松山市高井のテイレギ(本名、オオ。ハタネツケバナ)やスナヤツメなどもある。

オキチモズクとその近縁のチスジノリ類の分布

オキチモズクとその近縁のチスジノリ類の分布


エヒメアヤメとゲンジスミレの分布域

エヒメアヤメとゲンジスミレの分布域