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愛媛県史 民俗 上(昭和58年3月31日発行)

四 漁業経営と漁撈組織

 網漁業の基本は網具を積み込んだ真・逆網船二艘で魚群を引き廻し包囲して捕採するものであり、網船には船頭役の艫押しのほかおのおの櫓を受持つセガイ・大脇・小肱・中櫓・内櫓押し、それに浮子・沈子置きが、大手船には大村君と大・脇舵子、中手船には村君と舵子二人、前刈船には沖・浜村君が乗組んでいたことは既に述べた。このほか魚群の発見・監視に任じた山見(山村君ともいう)や正規乗組員以外の加勢人なども操業には必要な人たちであった。

 網元と網子

 大網の操業権と網代権を持つ者は庄屋か組頭階級であって、浦々の住民は網操業を担当する労働者であり、網元と網子は親方と家来の関係にあったといっても過言ではなかろう。宇和島市三浦庄屋の「田中氏舎則」には、「網子に関する規程は予め左の通り之を約定すべし。尤も此の規程は我が定雇網子に対して之を適用し、漁事盛況なる時は適宜不用の器具を以て大概此の規程を標準し、其の高三割の配当を与え臨時雇網子を使用して収穫(ママ)を謀ることを得」とあり、また「網子の呼集は二種に貝を吹き鼓して其の緩急を報ず。則ち緩なる時は吹き終り間を置きて又鼓すべし。急なる時は吹き終り又続いて鼓すに付呼集を受ける網子は其の緩急に依り成文(ママ)速に呼集所へ参着すべし。但し、急報を得る時は公用并に自家の仏祭又は親子兄弟の仏祭或は分娩穢を除くの外私用を抛ち急速に参着するものとする。」とあって、呼集めには自家の仕事を抛棄して直ちに網漁に応じなければならなかった。
 田中網元の漁業経営は「繁栄重宝記」によれば「漁法ハ自村ヲ根據トシ自村ニ於テ大網一帖ノ官許ヲ受ケ営業ノ権利ヲ占有、漁夫廿一人(村君一、山村君一、村君助一、乗組十六、かじ子二人トス)ヲ定雇シ、其家族ヲ養成セシムル為メ応分の処(ママ)有地ヲ網子家督トシテ充付ケ、常用漁具ヲ之ニ委ネ営業セシメ」るものであった。定雇漁夫は漁業規約書に署名捺印のうえ定雇し、臨時雇および他村漁夫は時況・地方慣行を酌量して定雇に準じて契約した。網元は「漁具ヲ供給シ且ツ常ニ特有漁具ヲ経営シ漁業上ノ事ヲ管掌シ特有漁具ヲ他ニ貸与シ或ハ起業休廃漁夫ノ雇替其他漁具売取等ノ事ヲ便宜専決執行スル」権利を有し、定雇漁夫は「常用漁具ニ係ル網方用ノ人夫ヲ什役シ恆ニ常用漁具ヲ経営シ臨時特有漁具ヲ干修理シテ使用保護漁業シ、臨時雇及他村漁夫ヲシテ漁具乾修理シテ漁業セシム」る義務を負うものであった。さらに漁夫は「網元ノ命ニ服従シ起業休廃解雇或ハ漁具ノ売取等二対シ之が損害要償ヲ許フル権…」なきものであり、定雇漁夫にしても網元が「特有漁具ヲ他二貸与スルコトヲ拒ムコトヲ得サルベシ」と、その主従関係を明記している。
 「漁業の義務は我が定雇網子をして常に器具を調製汁染修繕干修理し、且つ其他網方に要する人夫を出して網元の指揮に随ひ諸船掌理し以て漁業する義務のあるものとす。故に操受網を干附たる時村君中は器具の干修理及営繕或は抜人替等に注意し網子を監督して之を掌らしむべし。而して山村君は網元の差図ある時は其都度又漁事に際し網干中は昼食より必ず一名づつ山赤見場へ上り居て漁況を視察して指図を成すべし。遠方の指揮は山を背にして大白旄(柄の長一丈に白旗を付けたるもの)近側の指揮は山の峠にて小白旄(柄の長二尺に白紙を付たるもの)を用ひて其音信を報ずべし。凡、定雇の網子たるものは漁業の際出合べきは勿論といへども若し事故あり出合ざる時は収穫(ママ)の配当を半減し之を以て臨時便宜雇網子をして欠員を補ふものとす」と「舎則」は記述する。また、手伝人・加勢人についても、「手伝人は我が定雇網子の家族とし毎年一月網祝いの節、之を上(二十才以上六十才以下)・中(十五才以上七十才以下)・下(十四才以下七十才以上)に分ち、八十才以下七才以上の男子在宅者へ其証票を交付し、加勢人は網曳得る者十名と定め、手伝人は大網船の漁業又は網方の手伝を請求する節は早速参着して之に手伝いをなすべし。加勢人は網遣の節臨時之が加勢を受くることを得べきと雖も其の早着順序に依り加勢の証票を交付すべし。此の証票は丸札角札各十枚ずつ合廿枚を艫押へ渡置に付、丸角混淆せざる様網遣一回毎に一種づつを用ひ其種類の札渡し切りたる后は加勢を受くべからず。尤も此の証票は其の時限の有効に付合し中魚の無き節は直ちに之を受戻すべし。」と規制しているのである。

 共栄網

双海町上灘に網株組織による共栄網がある。上灘には容網・新網・谷網の地曳網三統があったが、明治になって統合して巾着網となり旧網と呼ばれた。新網ができたからである。
 旧網と新網とはそれぞれ五一の株によって構成される。株は網の操業共同体を組織する権利であるとともにその義務を負う網株である。網株組織における平等な権利義務をもつ一〇二株の網株所有者によって共栄網は操業運営される。共栄網は昭和一八年に生まれた統制網を三四年に改称したもので、網株は一家族一株の所有である。網組合員資格は株主の子弟で数え年一七~六〇歳の者であるが、家庭・身体の事情によって他の組合員の同意あるときは一六歳の者・六四歳までの者は株主となり組合員であることができる。この場合は一六歳は七歩役、六一~二歳は九歩役、六三~四歳は八歩役となる。また組合員であって脱退した者は再び組合員にはなれない。共栄網の役員は会長・副会長・諸払・鰮問屋で、係りには浜帳・台帳・歩帳・仕入・古物、船頭・山見・監事がある。
 網元主体の漁業組織から共有網株組織への移行は、漁業権の個人所有から共同所有への変遷に即応しての変化であるが、これによって網元・網子の主従的支配がくずれ、より近代的な共同体意識が組織の上にも生まれてくる。双海町上灘における共同経営形態はこの網に限られてのことではなく、宇和島市遊子の戎網・若戎網も一家族一網株所有であり、さらには南宇和郡内海村家串のハマチ網・鰡網の経営主体は農業協同組合であったりする。
 共栄網規程は「昭和二十七年二月共栄網将来ノ発展ニ資スル為茲ニ永代帳ヲ作成ス(附記 地曳網ノ紀元(ママ)ハ享保年間小倉長左衛門氏ノ孝心ヲ愛デラレ大洲ノ殿様ヨリ漁場ヲ賜リシニ初(ママ)ル)小網鰯漁業ノ誕生ハ享保年間谷網容網ニ初(ママ)ル 次ニ明治拾五年頃新網ガ生ル 明治三十三年以上三組ガ合併シ巾着網ヲ組織シ旧網ト名ズ(ママ)ク 明治三十四年新巾着ガ誕生ス 昭和拾八年正月時局ノ進展ニ併(ママ)せ部落将来ノ発展平和ノ為時ノ水産課長小安氏技士高橋氏書記官武西氏小網漁業組合ヨリ松本平吉福岡孫次郎橋本閏吉西村文七以上諸氏ノ配慮ニ預リ茲二旧網新巾着ガ合併シ共栄網が誕生ス 時昭和十八年正月二十五日ナリ 時ノ役員会長松本平吉専務理事上岡義計理事藤岡菊次郎和田寅市大森満市萬井兵次郎西口相次郎北風槌松大森留吉向井元市ノ諸氏ナリ」と序文を掲げ、「内紀(ママ)」として以下の「統制組合細則」(共栄網組合規約 昭和三十四年十二月変更ス)を定めている。

    第一章 組合員加入脱退  第一条 本組合ヲ統制組合ト称シ百二名ヲ以テ組織シ株主ノ子弟ハ十七歳ヨリ組合員ノ同意ヲ得テ六十歳迄組合員タルコトヲ得 但シ弱体者及停年者卜雖モ組合員ノ同意アリタル場合ニ限リ家庭事情ニヨリ十六歳ヨリ六十四歳マデ組合員タル資格ヲ有スルモノトスル 十六歳七分役 六十一、二歳九歩役 六十三、四歳八歩役トシ歳ノ算定法ハ数へ年ニ依ル  第二条(除外スル) 組合員ニシテ徴用ノ義務アル者ハ徴用期間中ノ者ハ人替ヲ採用スルモノトス 但シ人替ナキ場合ハ網組ニ於テ処置ナスモ意義ナキモノトス  第三条 統制(共栄網)施設ハ古参年長者ノ命ニ従ヒ動作スルモノトス  第四条 組合員ニシテ満場一致ヲ欠ギ大多数ノ意思(ママ)ニ反シ又ハ暴言ヲ唱へ共同事業ニ不適当ト認メタル者ハ組合員ノ協議又ハ投票ヲ以テ脱退セシムルモノトス  第五条 組合員ハ協議ヲ以テ一致シ難キ件ハ無記名投票ヲ以テ決スルモノトス  第六条 組合員中 山見ハ推薦又ハ選挙ヲ以テ決定スルモノトス  第七条 組合員ニシテ壮年者中自家ノ便利ノタメ脱退シタル者ハ再度組合員タルコトヲ得ズ 但シ組合員ノ承諾ヲ得タル場合ニ限リ組合員タルコトヲ得  第八条 組合員中病気養子ノ離縁実子弟ノ家出行方不明徴用病死等ノ場合ハ其父兄及停年家族ハ再度組合タル事ヲ得 但シ病死以外ノ脱退者ハ事故及病気回復卜同事(ママ)ニ本人再度出勤スルモノトス  第九条 株主ハ予メ曳子ヲ推選(ママ)シ組合へ申込ミ組合ニ於テハ採否ヲ協議又ハ投票ヲ以テ決定スルモノトス 但シ場合ニ依リテハ組合員ニ於テ曳子全部ノ選定ヲ行フ事アルベシ  第十条 組合員ノ加入脱退ハ毎年十二月二十五日トス 但シ止ムヲ得ザル事情アル場合ノ加入脱退ハ此限リニアラズ   第二章 職員及任務  第十一条  統制組合ニ左ノ職員ヲ置ク 会長一名副会長一名 諸払二名鰮問屋一名 一、浜帳掛り四名 二、台帳仝四名三、歩帳仝四名 四、仕入仝二名古物仝二名 六、船頭四名(弐年)七、山見十ニ名監事二名  第十二条 (役)職員選挙ハ組合員三分ノ二以上ノ投票ヲ以テナシ同点ノ場合八年長者ヲ任ズ役員モ右二準ズ  第十三条 役職員ノ任期ハ一ケ年トシ毎年十二月二十五日前二株主二於テ選挙スルモノトス事務ハ十二月二十五日決算以後ニ引継ヲナスモノトス但シ任期満了後ト雖モ再選ヲ妨ゲズ  第十四条 浜帳掛リハ漁獲物ノ配当売却ノ事務ヲ行ヒ記帳シ其都度台帳掛二記入方ヲ求ムルモノトス  第十五条 台帳掛ハ記入シタル配当及売却金ヲ収集シ収入役ニ納入スルモノトス但シ台帳掛リガ販売ニ当ル場合ハ総テ計量器ニ依リ卸売公定ニ依ルモノトス  第十六条 収入役ハ台帳其他職員ヨリ受入レタル金員ヲ保管シ不足ノ場合ハ借入金ヲ行フモノトス但シ借入金ニ付テハ役職員ノ承認ヲ得タル上決定スルモノトス  第十七条 役員及職員間ノ金員受渡シハ必ズ認印及伝票ヲ要ス  第十八条 収入役ハ金員支出ニ付テハ必ズ収支簿ニ記入シ領収證ヲ具備シ置クモノトス  第十九条 歩帳ハ毎日出勤者ヲ調査シ記入スルモノトス  第二十条 仕入掛ハ漁具漁船其他必要ナル者ヲ調査シ協議ノ上仕入ヲナスモノトス  第二十一条 古物掛リハ古物一切ヲ調査シ使用難ノ品ハ代金二替へ救恤資金トシテ積立ヲナサシムルモノトス  第二十二条 発動係ハ発動船ニ関スル任務ヲ果スモノトス  第二十三条 船頭ハ総テ船内ノ指揮ヲナス  第二十四条 山見ハ魚郡(ママ)ノ見張ヲナシ組合員ノ指揮ヲ行フ  第二十五条 監事ハ役員及職員ノ行ヒタル事務ヲ監査シ不正アリト認メタル時ハ之ヲ総会ニ提出スルモノトス  第二十六条 役員及職員ノ金銭取扱上の違算又ハ損失ヲ生ジタル時ハ其当事者ノ弁償トス   第三章 抵当及売買  第二十七条 統制組合株ハ役員ノ同意ヲ得テ自己ノ持分ヲ買譲渡ヲナスコトヲ得  第二十八条 役員ガ前条ノ同意ヲナシタル時ハ同意台帳ヲ備へ置キ年月日及双方当事者ノ姓名ヲ記入スルモノトス  第二十九条 本組合ニ負債アル株ニ対シテハ役員ノ同意アル場合ニ於テモ本組合ニ於テ絶対先取権ヲ行フモノトス……中略……第四十三条 細則改正変更ヲ要スルモノハ通常総会ニ於テ組合株主過半数ノ同意ヲ以テ決議スルモノトス  申併(ママ) 共栄網創立後ハ一家内一株以外ハ株数ヲ認メズ(但シ創立前新旧網時ノ株数ハ此限リニアラズ) 株 権(ママ)ノ売渡シハ小網以外ハ認メズ  協議事項昭和二十七年度ノ曳子ハ二十六年十二月二十三日内 紀(ママ) 第九条但シ書キヲ適用シ選定セリ