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愛媛県史 社会経済5 社 会(昭和63年3月31日発行)

二 国民性調査における全国の実態

 昭和二八年以来統計数理研究所において五年おき、二〇年間行ってきた日本人の国民性調査研究は、全国的規模で幅広い質問項目による精度の高い調査で、信頼度が高く分析も精緻である。もちろん限りある質問数であり、国民性とよばれる全領域をカバーしているとはいえないが、二〇年間の実施結果はその間隙をかなり埋めていると思われる。戦後余り年月を経ない時期から高度成長の時期に至る実態として、愛媛県民性直接ではないが、県内からも数か所調査対象となってもいるのでそのベースとしてその抄出をしてみたい。

 くらし方

 人びとの生活設計について、昭和六年の壮丁検査の際二〇歳男子を対象とした調査以来同じ調査が行われてきたが、これらを戦後の同年代のものと比較したのが図3-1である。これを見ると戦前は〝清貧〟〝社会のため〟が高いが、戦後は〝趣味〟が一位となり〝清貧〟〝社会〟は二位以下となっている。〝清貧は〟昭和六年の調査以後はその反応が余り変わらず、常に生活のある規準となっているようである。
 尚調査法は戦前のは自記式、戦後はすべて面接によっている。
 同じ質問による国民性調査の年次変遷は下表3-8の通りで〝清貧〟の漸減と、〝趣味〟〝のんき〟の漸増が見られ、個人中心的くらし方の浮上が明僚である。

 義理・人情

 義理・人情が日本人の生活原理であることは、ルース・べネディクトを待つまでもないが、恥の意識で日常行動を行い、世間体を重んずることも同様である。
 この問題についての質間項目もいくつか見られるが、〝大切な道徳〟として〝親孝行〟〝恩返し〟は加齢によって増加し、その傾斜は後者の方が急である。反面新しい道徳〝権利・自由の尊重〟は年齢とともに減少し高学歴程急増の傾向を示している。
 次に恩人や親が危篤の場合、社会的義務との間でどのような行動をとるかについての設問はイラストを用いているが、共に昭和二八年調査の初期は恩義によって〝故郷に帰る〟が多いが、昭和四〇年前後では義務によって〝会議に出る〟が増え、昭和四八年では元に戻る傾向、いわばグラフの上でのU字型回帰現象が現れている。特に四国地域では他の質問でも〝恩返し〟に対する大切さの意識が強いことが見られる。義理が見直されている実体かと考えられる。
 自分の仕えたい上司について、人情課長か、仕事一本やりの課長かの設問では、調査の年代を問わず、〝人情課長〟を選択するものが八〇%前後で圧倒的に多く、面倒見のよい上司を選ぶ姿勢はどの年齢にも強いことがわかる。日本人は理性より感情で動くことが多い。
 数理統計研究所では、これら義理人情について上記の設問以外のも加えた回答パターンを分析した結果、特に年齢別に見て、二〇~二四歳は義理人情の考え方において「半日本人」ともいうべき姿が出ている。これが五年たって二五~二九歳となると普通の日本人の姿になり、さらに三〇~三五歳でも同じ形となる。歳をとることによって「半日本人」が日本人に近づくというのは注目すべき姿であると述べている。

 日本人の見た日本人の性格

 昭和三三年第Ⅱ次の調査で、日本人の性格として古くより指摘されてきた特徴五つ、勤勉・淡白・親切・礼儀・明朗と、逆に非日本人的と目されてきた合理的・自由尊重・粘り強い・独創性・理想を求めるの五つ、合わせて一〇個の選択肢を交互に配列して日本人の性格を表していると思うものをいくつでもあげさせている。結果は図3-2の通りで、〝ねばり強い〟の外は第一グループに入る五〇%前後の反応は予想通りである。
 旧来日本人の性格と目されていた〝淡白〟は二〇%前後で第ニグループというのも予想外であるが、理想追求が第二グループの上位にあるのは、新憲法にもられた理想主義的理念の影響と考えられ、〝粘り強い〟と〝淡白〟の逆順はその理由として(1)言葉自体の問題、すなわち〝淡白〟の意味不明とか、〝粘り強い〟と〝勤勉〟との混同、(2)日本人の性格に対する常識の不足、(3)戦前と戦後の世代差による価値観の変化の表れ、(4)判断規準の問題、例えば判定の対象を世間一般の常識とするか、それとも現在の社会の中で現実に観察される日本人一般(といっても普通隣近所や親戚、知人を想定する訳であるが)の性格から推定するか、それによって答えは異なってこよう、等をあげている。
 国民性調査の結果はぼう大な資料を提供しているが、調査対象としての愛媛県民はかなり片寄った地域で、その人数も第Ⅰ次三二人から第Ⅴ次六〇人の少数でもあるので、県民性を考える上でのベースとして上記の三点を指摘するに留めた。詳細は至誠堂発行の『日本人の国民性』『第2日本人の国民性』『第3日本人の国民性』を参照されたい。
 なお先に指摘した義理・人情の項で、日本人は感情に左右されて行動することが多いと指摘し、昭和二八年から昭和四八年にかけて義理・人情の回帰現象が見えることを述べたが、丁度この頃昭和四六年に東大教授土居健郎の提唱した「日本人は常に何かをあてにして生活している国民である」との『甘えの構造』が出版されて一般の共感を呼んでいる。

図3-1 戦前と戦後の比較〝くらし方〟

図3-1 戦前と戦後の比較〝くらし方〟


表3-8 国民性調査の年次変遷(くらし方)

表3-8 国民性調査の年次変遷(くらし方)


図3-2 日本人の性格

図3-2 日本人の性格