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愛媛県史 社会経済4 商 工(昭和62年3月31日発行)

三  銅山川疏水事業と工業用水問題

 銅山川疏水の工業用水利用

 銅山川分水計画は前述したように、当初より専ら農業灌漑用水の確保を目的とし(後に発電も)、工業用水としての顕示的な関与はみられない。しかし当地の識者は、この計画が構想された当時から副次的にしろ、工業への利水といった意識は皆無ではなく、それは次のような銅山川疏水計画に伴う中央への各種の進達過程などにみることができる。
  ① 灌漑用水路開設願(省略)の儀につき副申 ―抜粋―
 「……別紙(略)の通り灌漑用水路開設……之れによって旱害防止し得るとすれば……耕作上の将来が約束されるのみならず、産業用水の解決を促すことまた論をま  たざる処に有之候……本事業は、百利あって一害なく郡将来の発展上一日も早く工事の施行を……速に御聴許を得たく此段副申候也。」(傍点筆者)
     大正三年十月十六日
                       宇摩郡長 篠田藤信
    愛媛県知事 深町錬太郎殿

 ② 内務大臣への請願 ―抜粋―
 「謹而書を内務大臣 水野錬太郎閣下に呈し、……愛媛県知事に提出せる銅山川流域変更河水引用許可願に対し……御配慮を煩わし奉り度茲に請願仕候。……莫大な時間と労力を他の生産に充当せんか、其の利益大なるものあり。……余水の利用による諸工業発展と、数えれば其利益は実に甚大なるものであり……満腔の熱情制し難く右請願候也。」(傍点筆者)
     大正十三年九月十日
                       宇摩郡 関係町村長
    内務大臣 水野錬太郎閣下

 このように、地元関係者は、この疏水事業が単に農業用水。のみならず、宇摩平野が将来工業地域として発展すであり、この事業に大きな関心を有していた。
 しかし、この吉野川水系銅山川の愛媛県への分水計画は、主として下流徳島県側の強い反対、すなわち吉野川関係の灌漑用水に対する影響、井戸水に対する影響、地上園芸作物に対する地下水の影響、舟筏の運行及び魚族への影響、塩害に対する影響などなどのため、昭和一一年の第一次分水協定に至るまで、対中央省庁、対徳島県と再三の陳情・折衝・嘆願・調査が積み重ねられていくのである。

 銅山川疏水の実現と分水問題

 銅山川分水に関するこの第一次協定(昭和一一年)には、「銅山川分水に関し内務省の裁定ありたるにより之れが実施の細目を協定すること左の如し。一、本分水は愛媛県宇摩郡三島町外十一ケ町村内既存田の灌漑水を補給するを以て目的とする。」(二以下省略)とされている。
 昭和も一〇年代後期に入り、銅山川分水計画も実施の段階となり、第一次協定による灌漑用水のみという不利な条件ではあったが分水工事に着手した。この間、戦局は進展し、軍需省では戦力拡張のためこの事業に電源開発事業を加えた分水計画が検討され、昭和二〇年第二次銅山川分水協定が成立した。この第二次協定は「一、本分水は、愛媛県宇摩郡小冨士村外七ケ町村の既存田一、二四六町歩の灌漑水の補給をなすと共に、同郡金砂村脇谷に堰堤発電所、同郡三島町上柏に分水発電所を設け発電をなす目的とす。」として初めて発電事業の明文化がなされた。これによって非灌漑期にも分水が可能となった。
 工業用水供給の好ましい条件は恒常的安定性にある。従ってこのような事業目的の拡大(しかし工業用水としてはなお明文化をみないが)は、例えそれが各利水後の〝余水〟という形をとるにせよ、工業用水として利水する条件は飛躍的に拡大した訳である。
 これ以降は当地の工業用水(主として当地方の製紙用水)は、この発電所の発電後の放流余水と灌漑用水の余水を利用してその需要を賄うこととなるが(銅山川工業用水道が建設されるまでは)、このことは同時にまた多くの問題を内包するに至る。すなわち、工業用水がその需要を増加するに従って、ダムよりの分水放流の形態を発電と工業用水のいずれにウエイトをおくのか(発電・工業用水それぞれに好ましい効率的な放流の仕方がある)、また基本的にはこの分水協定の目的よりの逸脱、水利権の帰属、分水事業費の工業用水としての負担(アロケイト)、地元農民との対立、対徳島県側への配慮などなど大きな問題に遭遇する。以下はそれらの一端である。

 銅山川疏水組合常議員会

 銅山川疏水組合常議員会の記録の抜粋を示せば次の①②のとおりである。
 ① 昭和二三年四月一日の銅山川疏水組合常議員会――抜粋――
 井川伊勢吉会頭「……以上の如く隧道は年内に完成するも、逐次開渠その他の施設工事の完成は、どうしても数年後となるので、この際、商工会議所がこの工事の推進力となって……工事を進めることにすれば……年内遅くとも旧正月には銅山川の流水を本郡に取入れることが可能……。」
 村上銅山川疏水組合長「……疏水工事促進の隘路は、電力、食糧及び金の三つに要約されるが……行き詰まった金策の打開に困っている。もし商工会議所に於いて融資の御協力が願えるとしたら、工事促進上の隘路が三つとも解決される……。」
 武村松太郎常議員「銅山川疏水の問題は、灌漑用水を主たる目的として来たのであるが、本決議は工業用水のために促進を図ることとなったが、この点は一応農民諸君の諒解を求めておく必要があるように思うがどうか。」
 村上組合長「工業関係者の援助によって促進されたものであるから心配はないが、至急に組合会を招集して諒解を求めることとする。尚、三島町工業用水としては当初より二個四分の割当てあり、全疏水工事完了の暁に於いても工業用水使用の権利がある訳で……。」
 井川会頭「……銅山川疏水事業を此処まで進行させてくれた先輩諸彦の努力を感謝し……併せて製紙業の水不足の悩みを解消し、地方産業発展のため、強力な推進力となって多年の願望を解決したい。」
 ② 昭和二三年四月二三日の銅山川疏水組合常議員会記録 ――抜粋――
 青木知事「……工事完成は……商工会議所で一二月完成に努力せられるならば年内に引水の期待が持てる訳で……国の費用の関係から千数百万円の認証には相当の日時を要すると思われる。そこで商工会議所で一時立て替えて貰いその一切の責任は私が負う事にして……疏水関係の方も是非協力して貰いたい。」
 村上疏水組合長「本事業の負担金は……今又一、三〇〇万円に改訂されたが……個々の割当負担は困難で……目下の処、金の調達は不可能と考えられる、従って商工会議所の手で調達を願いたい……」
 井川会頭「……製紙用水源も既に飽和点に達し、水の解決を見ない限り今後当地方の製紙業の発展は望めない。主として製紙業者の恩恵を受ける者より資金の調達をすることにして、本工事を続行したい。それが為には二百有余の工場経営者諸彦におかれても出来る限り物心両面に亘り御協力を切望する……いずれ工業用水割当希望案を作成して提示するから……」
 村上疏水組合長「工業用水割当については凡そ割当を決定しており……尚、非灌漑期に於ては全水量を工業用水に充当しても差し支えない……」
 井川会頭「工業用水については既に割当てあるも、業者は多額の負担をしなければならないので、決定せる従来の割当水量程度では承知出来ない。灌漑期、非灌漑期を問わず、常時の用水量を決定しておく必要がある……」

 特殊送水用パイプの布設

 工業用水は前記のように、この銅山川疏水事業として表面に出ていないが、本工事費について地元企業家は実質的に相当の負担を行い、それが例え灌漑、発電後の放流余水という形であれ、早急にしかも常時的用水量の獲得を期している。
 この背景もあって、昭和二四年(一九四九)七月の隧道貫通により、同二五年八月通水式を執行。これ以来、仮通水を行い工業用水などに利用されてきたが、発電所用隧道工事内部コンクリート捲立のため一か年間、通水を中止する事態に至り、送水停止による三島地区製紙業に及ぼす影響は甚大であった。このため疏水組合と製紙業者は県と協議の結果、製紙業者の負担において六、〇〇〇円を調達、送水用特殊パイプ(鉄管)二、六〇〇メートルを布設して送水を継続(昭和二六年一一月)することとなった。しかしこの送水用パイプの布設は、次に述べるように利水問題を複雑にしていった。

 水利権をめぐる農民と製紙労連

 昭和二七年一月、地元農民の一部で銅山川対策実行委員会を結成し、水利権を農民側にて確保すべしとする動きが起生した。これは前述の、宇摩商工会議所における、製紙業者の手によって特殊送水用パイプを布設する決議に起因するもので、同日この銅山川対策実行委員会は次の五項目の決議を行い、関係方面に送付した。
   一 水利権の確認。
   二 幹部の不信任。
   三 幹線水路の早期完成。
   四 疏水の利用は水利協定によること。
   五 特殊パイプは水利協定成立まで使用させないこと。
 これに対し、製紙業者側では、青木知事との契約と分水事業に対する資金面における各種の協定内容につき説明、製紙業者側にも分水の使用権のあることを強調して、地元農民との間に激しい対立をみるに至った。
 また、県製紙労連は、この銅山川対策実行委員会の言動は農民の利益にも反するとして左の決議を行った(昭和二七年一月)。

             決 議 文
 一 銅山川疏水対策実行委員会は直ちに対立的紛争を止め、円満解決をはかること。
 二 疏水事業の恩恵は郡民全体にもたらさるべきもので、これを原則として水利権を考えること。
 三 水利権が農民のみのものであると言う主張は承認しがたい。
 四 余水を工業用水に使用することは当然考慮せられるべきである。
 水利権問題と三島町議会

 昭和二七年(一九五二)一月、三島町議会開会に当たり、石井町長より「銅山川疏水の水利権に関する件」という緊急議題が提出せられたが、これは三島町(現伊予三島市)が工業用水と最も深い関係を有するためで、議会は製紙側議員と農民側議員とで、それぞれの立場からの発言があり、議会は混乱状態となった。しかし「本問題は、銅山川水利権全体の問題であり三島町議会において審議するべきに非ず」として再審となる。

図用2-1 銅山川河水統制事業計画図

図用2-1 銅山川河水統制事業計画図