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愛媛県史 地誌Ⅰ(総論)(昭和58年3月31日発行)

1 東・中・南予の多様性

東・中・南予の特性

 愛媛県は佐田岬を境として、北は瀬戸内海に、南は外洋の豊後水道に面して、東・中予と南予とでは海域の環境にかなりの相違がある。そのうえ、東予には赤石・石鎚の両山脈のような関西でも数少ない一七〇〇mを越え、二〇〇〇mに近い亜高山植生をもつ山地があって、比較的低い山地の中・南予地域の自然と比べても変化が大きい。東予地域は、現在は工業地区の造成などで埋め立てが進んでいるが、もともと遠浅の干潟が全国的に見てもよく発達したところであった。一方、佐田岬半島から南の豊後水道に面した海岸は、黒潮洗うリアス海岸であって、気候のうえからも温和な瀬戸内海側と対比される。さらに、全国的にも降水量の少ない瀬戸内気候は、降水量の多い四国山地平南予の山地と比べてもかなり較差が見られる。地形や気候の変化に富んだ東予・中予・南予の地理的環境の特性に基づいて、県内の動植物相はまことに多彩である。

 外洋暖海性の生物相

 燧灘では夏の表面水温が約二八度Cまで上昇するが、冬には七度Cから八度C、まれに六度Cくらいに下がり、浅い所では海の表層と海底部とが同一温度まで下がる(図2―48)。これは豊後水道の太平洋側や日本海が、冬でも水温一二度Cほどで持ちこたえているのに比べて、著しい水温差である。宇和海は太平洋造礁サソゴ区域の北限にあたっていて、海中公園の鹿島や横島などを主に、花虫類の色彩豊かなウミトサカ類、イボヤギ・イソバナなどの群生や、ミドリイシ類、エンタクサンゴ(通称テーブルサンゴ)・キクメイシ類を主とするイシサンゴ類、チョウチョウウオ・ソラスズメダイ・コバルトスズメダイ・クマノミなど多彩なサソゴ礁魚類のほか、特徴ある海中景観を見せている(写真2―41)。しかし、由良半島以北になると、海岸に並行して、ガラモ・アラメ・テングサなどの藻場が発達し、佐田岬半島は県内でもそれが最も発達したところになっている。潮流のはげしい瀬戸内海では、忽那諸島付近でガラモのほかアマモ場が、越智郡島しょ部ではさらにアマモにアオサ場がよく発達する。
 豊後水道の南部では、カツオ類をはじめ、マグロ類・カジキ類・サメエイ類などの漁獲が多く、ホシザメやエソなどは、カマボコ材料とされるし、外洋性のウルメイワシは削りガツオとされ、マイワシ(宇和島ではヒラゴ)も多い。磯釣りの対象としても、内海に見られない大型のクエ・ブダイ類、メジナ(方言でグレという、以下同じ)・ゴクラクメジナ(イスズミ)・フエフキダイ(タマミ)・イサキ(イサギ)・コブダイ(カンダイ)などが多く、三瓶湾以南ではハマチ(ブリの若魚)の養殖やアコヤガイ(真珠貝)の養殖など、つくる漁業が盛んである。

 内海性生物相

 佐田岬半島を回って瀬戸内海にはいると、冬の温度制限をうけてサンゴ類はせいぜいオノミチキサンゴやキクメイシ・キクメイシモドキしか見られなくなる。中予の魚貝類には、メバルやマサバ・タチウオ・ホシザメ、イガイ(瀬戸貝)・タイラギ(立貝、貝柱を食用)とか、内海性のマダイ・アイナメ(アブラメ)・マガレイなどが目立つようになるが、マダイをはじめ高級魚の魚獲は海の汚染や乱獲などのため戦後激減した。瀬戸内海の魚は、魚食国日本の姿を代表しているが、松山市付近で瀬戸内料理として出されるものには、オニオコゼ・ホゴ(本名、カサゴ)・カレイ・マダイ・ギゾ(本名、キュウセンー気宇仙、ベラのこと)・アブラメ・ハギ・キス・モミダネ(本名、セトダイ、八幡浜ではコロダイ)などがあり、これにタコ・イカ・エビカニがついている。さらに燧灘にはいると、ニボシ材料のイカナゴ・カククチイワシが多くなる。カタクチイワシはダシイリコとして重要で、ホオタレ・ヒシコとも呼び、幼魚はチリメンイリコ・チリメンジャコ・シロイオノイリタチで知られ、正月のタツクリとなる。タツクリとは田作りの意で、昔は肥料にするくらい多くとれたといわれ、ゴマメともよばれている。宇和島ではこれをマイワシという。また、コノシロ・マアナゴ・スズキ・メイタガレイ・マガレイ・クロダイ(チヌ)などの、より内海的な魚獲が主となってくる。砂泥地が発達しているために、バカガイ(トリカイ)・アサリやアマノリ類(アサクサノリ・スサビノリ・養殖ノリ)などの養殖が盛んで、クルマエビ・ガザミなどのエビやカニ類、セトガイ(イガイ)、そのほかに餌虫となるゴカイ類の生産も多い。

 陸上北方系生物相

 一方、本県の石鎚山脈や赤石山脈などの海抜一六〇〇m以上の山地では、亜高山帯にありながら十  数種の純高山植物が見出され、また、ブナの優占する冷温帯の上部にわたって亜高山植物と考えられる九〇種近い植物も見られる。これらの植物は、洪積世の氷河期にアジア北辺から南下し、日本各地に侵入して栄えた種で、現在の完新世にはいりふたたび気候が温暖になったことから、しだいに高山の寒冷な地帯に追いやられて残存し、あるいは固有の進化をとげてきたものと思われる。これらは、氷河期の遺存者である。
 石鎚山のミヤマダイコンソウ(写真2―42)・オオハナウド・ハリブキ・ハクサソシャクナゲ・ミソガワソウ・ミヤマオトコヨモギ・コウスユキソウ・タカネエガナ、東赤石山のチョウセンゴヨウ、銅山嶺のツガザクラとコケモモの大群落などは、氷河期の遺存植物として代表的なものであり、しかも日本の南限高山植物である。また、キバナノコマノツメ・タカネマツムシソウ・チマキザサ類(従来のイシヅチザサ)のほか、ユキワリソウ・ツマトリソウ・タカネノガリアス・ネバリノギラン・ミヤマウラボシなども、石鎚・赤石両山脈の一六〇〇m以上の岩礫地に生育する純高山性の草本である。亜高山植物には木本植物にシラベ(シコクシラベ)(写真2―43)・ダケカンバ・クロベ・コマガタケスグリ・タカネイバラ・イシヅチザクラ・ナンゴクミネカエデ・アカモノ・コメツツジなどがあり、草本植物には、シコクイチゲ・クロクモソウ・イワキンバイ・イヨフウロ・タカネオトギリ・イワカガミ・ゴゼンタチバナ・ヒメキリソソウ・イワギク・ミヤマトウヒレン・オオトウヒレン・ノビネチドリ・キソチドリ・シラネワラビなどが知られている。
 なお石鎚山にはイシヅチカラマツ・イシヅチボウフウ・イシヅチドウダン・イシヅチテンナンショウなど、赤石山脈にはアカイシヒョウタンボク・イヨノミツバイワガサ・オトメシャジンなど、それぞれ固有な寒地性の植物が発見されている。
 動物では、哺乳類にトガリネズミ・ヒメヒミズモグラとか、鳥類のホシガラス(写真2―44)など、本州中部の高山に分布し四国の石鎚・赤石両山脈を南限とするものがある。昆虫類にも、ツマジロウラジャノメ(写真2―45)・フタテンツトガ・ヒメクチバスズメ・キソスジコガネ・イシヅチオサムシ・アオアシナガハナムダリ・カラフトヒゲナガカミキリ・アカジマトラカミキリ・クモガタガガンボ(雪虫)・タカネムネボソアリ・ヨシオカクロヤマアリなど、主として石鎚山脈の亜高山帯ないし冷温帯に発見できる。これらの北方系の動物はみな、北海道や本州中部の高山に著名な寒い氷期の残留種である。
 ブナ帯に結びついた日本固有の昆虫の代表には、ミドリシジミの類があるが、愛媛県では、フジミドリシジミ・エゾミドリシジミ・ヒサマツミドリシジミ・キリシマミドリシジミ・ウラキンシジミ・ウラクロシジミなど、一〇数種が知られる。なお、これも北方系のものとは言えないが、石鎚山脈の亜高山帯に、夏鳥としてメボソムシクイ・ルリビタキ・カヤクダリ・ホオアカなどがすみ、日本における繁殖南限地にあたっている。ルリビタキ・カヤクダリ・ホオアカは、冬季低山に移るが、メボソは東南アジアに渡る、県鳥に指定されているコマドリも、石鎚・赤石山脈の高所に繁殖し、アジア大陸の中国南部で越冬する。

 陸上南方系生物相

 南方系の亜熱帯ないし暖帯南部の植物は、おもに南予地方の海岸に侵入している。南宇和群の海岸や島しょには、ビロウ・ハナガガシ・ハチジョウシダ・キノクニスゲなどが見られ、佐田岬半島にかけて、アコウ(写真2―46)・ノアサガオ・オオハマグルマ・オオカナメモチ(変種テツリソジュ)・ダンバイヒルガオ・ハマセンダン・ケナシアオギリ・ハマボウ・アゼトウナ・ハマオモト(ハマユウ)・ハマカンゾウ・ハマビワ・タマシダなどがある。大洲付近まで分布するサザンカ、上灘あたりまで見られるハマヒサカキなども重要なものであろう。
 南方系亜熱帯性の動物としては、南予の島しょ部にわずかに残るカラスバト、石鎚山脈や南予の鬼ケ城山域にも記録のあるヤイロチョウやブッポウソウ(写真2―47)などの鳥類、昆虫類のタカチホヘビ、岩松川のオオウナギなどが認められる。昆虫類では、津島町で発見されたことのあるミカドアゲハをはじめ、クロコノマチョウ・イシガケチョウ・サツマシジミ・タイワンツバメシジミ・ヒメハルゼミ・アカスジキンカメムシ・ミツギリゾウムシ・イッシキモンキカミキリ・タカサゴシロカミキリなどもみられ、由良半島の海蝕洞にはウミミズカメムシがすんでいる。                   

 ソハヤキ系生物相

 氷河期以前の第三紀には、日本列島は大陸の半島(マキネシアと呼ばれる)になっていた時代があった。その時代以降、海にも沈まず、またその時代にいた生物を全滅させるような火山活動もあまりなかったような地域に対して、京大の小泉源一博士はソハヤキ帯(襲速紀帯)と名づけられたことがある。九州(襲)、四国(速)、紀伊半島(紀)を結ぶ地帯で、静岡の中央構造線から西の東海道をふくみ、日本海側の積雪地を除いた西日本全体がその地帯である。ここには生物地史的に重要な氷河期(洪積世)以前の生物と思われるものが残っていて、植物では遠くヒマラヤや中国大陸に関連した重要なフローラ(植物相)である。これには古い種と思われるもの一〇〇種ばかりが含まれている。たとえば愛媛県では裸子植物に、石鎚山や篠山などのコウヤマキ、南宇和郡のナギなどがある。双子葉類には、ユキノシタ科で石鎚山脈に見られるキレンゲショウマ(写真2―48)・ワタナベソウ・センダイソウ、あるいは面河村や美川村のバイカアマチャ、各地に見られるキンバイソウなどがある。そのほか石鎚山脈のハスノハイチゴ、赤石・石鎚山脈、篠山などのシコクスミレ・ヒコサンヒメシャラ・ツクシシャクナゲ・アサガラ・コハクウンボク・アサマリンドウ・シライトソウ、山地に広く分布するシロモジ・クロガネモチ・ハガクレツリフネ・オンツツジ、やや高地産のテバコモミジガサ、新宮、玉川、滑床などに知られるクサヤツデなどがあげられる。
 動物で代表的なものに石鎚山脈に分布し、四国を分布の北限とするツノクロヤムシがある。中生代日本の暖かかった時代の生き残りで、体長二㎝ほどのカブトムシであるが、羽は退化して飛べず、一生を朽木の中にすごしている。そしてその発酵熱に保護されて寒い時代を生き永らえたのであろう。クロツヤムシ科の昆虫は熱帯に五〇〇種ばかり知られている。紀伊半島から四国の中央山脈、九州の大分県祖母山周辺と、ソハヤキ帯に分布するオオダイガハラサンショウウオもその一つであろう。オオサンショウウオは、四国でもかなり採捕記録があるのに、真の繁殖地らしいところは少なく、愛媛県周桑郡の鞍瀬渓谷、高知県吉野川上流、徳島県の那賀川上流の数ヶ所くらいが望みがあるが、まだ繁殖地としての確認はない、本県ではなお、肱川上流や仁淀川上流などに記録がある。

図2-48 愛媛県の海域環境

図2-48 愛媛県の海域環境