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愛媛県史 地誌Ⅰ(総論)(昭和58年3月31日発行)

2 海岸の気候

 愛媛県は瀬戸内海の西部、豊後水道の東部で複雑な海岸線で接し、約一六〇余の島しょを含めると、海岸線の長さは直線距離にして九州から北海道にも達する長い海岸線をもつ県である。海上と陸上では物理的性状が異なるため、その境界地帯の海岸や湖岸・河岸では内陸と異なる気候が分布する。海洋性気候の特徴は気温の日変化や年変化、降水分布、雲量や霧の分布、風の吹き方などにみられる。
 海上では直達日射が水中約一〇m程度まで透過し、日射エネルギーが水中で広い範囲にわたり吸収される。また海水は対流・渦乱流や潮流・海流によって熱エネルギーが深層にまで配分され、水平方向の移流も大きい。さらに海面上では蒸発がさかんで、蒸発面から蒸発の潜熱が奪われるので、熱エネルギーの消費が大きい。
 陸上は地表被覆の状態によっても多少は異なるが、直達日射の透過はほとんどなく、地表面の熱伝達は伝導がおもで、熱エネルギーは深層には運ばれない。土壌の比熱・熱伝導度は小さく、熱エネルギーの日周期でおよぶ範囲は地表付近数十㎝に限られる。その上植生被覆のない裸地では水の補給がなければ潜熱交換がなくなるので、顕熱交換量が大きくなり受熱・放熱の大部分は地表の加熱・冷却に使われる。      

 海岸の気温

 水面は放射のすぐれた吸収体で、短波放射の吸収がかなりの容積にわたって行われているのに対し、陸地では地表面付近に限られる。その結果、海上では日中の最高気温は低く、夜間の最低気温は高くなり、日較差の小さな海洋性の気候となる。長期的にみた気温の年較差についても同様に、海岸では年較差が小さく、内陸では大きい。
 図2―19は県内の気温日較差の年平均分布図である。燧灘の四阪島や佐田岬では日較差が五度Cから七度Cで、最も小さい。東予の海岸、越智・忽那諸島、伊予灘南部の海岸では、八度Cから九度Cで海洋的性格が強い。南予海岸は海岸線が複雑で山地が海岸にせまっているため、海洋性気候は半島や島しょに限られ日較差は九度Cから一〇度Cで、中・東予の内陸の平野のそれにほぼ等しい。中・南予の盆地では最も大きく一〇度Cから一二度Cにもなり、内陸的気候の特徴をよく示している。このように海岸では日中の気温、夏の気温が低下し、夜間の気温、冬の気温が高くなっている。したがって瀬戸内海や宇和海はそれに接する地域の気候をやわらげる作用をし、海岸から五㎞から二〇㎞にわたり広くこの影響をうける。四季を通じこの傾向は認められるが、とくに気圧傾度が小さい高気圧に覆われる頻度の高い五月・八月・一〇月には海岸と内陸の気温日較差の差異はより顕著にみられる。      

 海風と陸風

 右にのべたような陸上と海上の物理的状態の差異に起因する気温の日変化は、陸上と海上の気圧の地域差を生じさせ、さらに一日を周期とした風の循環を生ぜしめる。日中の日射による温度上昇が海上では陸上より小さく、低温の海上では高圧部になり、高温の陸上低圧部に向かう風が吹く。この風を海風といい、上空では補償流として海風とは逆の風が吹く。一方夜間には放射冷却によって陸上の気温が海上より低くなり、陸上から海上にむかう陸風が吹く。この風系の高さは通常二〇〇mから五〇〇m、海風の範囲は海岸から二〇㎞から四〇㎞、陸風は七㎞から一〇㎞程度である。海風の風速は五mから六m/秒、陸風は二m/秒から三m/秒でよわい。しかし後述するように県内での海風は二m/秒から三m/秒、陸風は一m/秒から四m/秒となっている。海陸風は日射の強さや緯度、周辺の地形、季節によって微妙に変化し、とくに一般風の影響をうけやすい。
 海陸の気温が同一になる場合は気圧傾度はなくなり無風となる。海風が陸風に交代する時は夕なぎ、反対の場合朝なぎという。県内の沿岸では夏の朝なぎは七時から九時、夕なぎは一八時から二〇時、冬の朝なぎは一〇時から一一時、夕なぎは一七時から一八時が平均である。とくに瀬戸内沿岸ではなぎの時間が日本の他の地方に比べて長く、夏の夕方は「瀬戸の夕なぎ」として知られ、この間は非常に蒸し暑くなる。
 なぎの発達は上層風の方向と強さ、海陸風循環系の地域的特性などと密接な関連がある。海陸風は海洋性気候を陸上に広げる役割をはたす。
海岸での気温の日中の上昇は海風が吹きだすと、上昇を中止するだけでなく一度Cから三度Cも気温が下降する。この現象は海風による気温の「頭打ち現象」という。この現象が起こる地点では低温多湿な海風の最前線となり、風や気温が不連続に変化し、海風前線という。海風前線帯では地上風の収束が生じ、都市や工業地域では海風前線通過時に浮遊媒塵・オキシダントなどの大気汚染物質の濃度が高くなる。      

 県内の海陸風

 愛媛県全域での海陸風の調査(根山・昭和五四年)を紹介しよう。地上天気図で西日本が移動性高気圧の前面、高気圧内、後面にある場合、南方海上に高気圧の中心がある場合(南高北低気圧配置で盛夏に多いので夏型ともいう)の四つに分類し、毎正時の風向・風速の変化から海陸風の実態を明らかにした(図2―20)。Aは高気圧内の海風・陸風の分布である。海風については、燧灘沿岸ではほぼ海岸線に直角に陸地に向かって吹き、東部の西風、中部の北東風、東部で東北東風となる。大三島では地形の影響で西風となる。伊予灘沿岸でもほぼ海岸線に直角の西ないし西北西風が卓越する。三崎では地形と海水温の関係からか宇和海から伊予灘への東よりの海風が発達し、宇和海では海岸線は出入りの多い複雑な海岸線だが、ここでもほぼ海岸線に直角に海風が吹く。陸風は燧灘では海風と反対方向の風向きであるが、伊予灘ではやや南に偏った陸風となる。宇和海沿岸でも陸風は海風に対しほぼ反対の風向きになっている。
 ところでこのような県内の海陸風に一般風の効果が重なった場合どんな海陸風となるだろうか。この関係をみたのが図B・C・Dである。各図の上図右下に地上天気図の実例をあげ、矢印で推定される一般風を示している。高気圧下の海陸風(A)を細い矢印で表わし、各一般風のもとでの海陸風を太い矢印で表し、両者の偏奇角を斜線で示してある。各地の海陸風の風速が一般風の型によってどのように変化するかは表2―4に示した。一般風が海陸風の風向と同じとき風速は大きく、反対の場合には小さくなる。    

 海上の霧

 水分の供給が十分で気温の変化が大きいとき霧が発生する。瀬戸内海の霧は春さき三月頃から発生し、五月から七月に多く、八月には減少する。春から梅雨期にかけ前線や低気圧によって暖湿な気流が瀬戸内海に入り、まだ低温の海水面で冷やされ発生する移流霧が主な発生原因である。その他、前線の影響、夜間の放射冷却などの原因が重なって霧は発生する。一般に瀬戸内海の霧はうすく、夜半から早朝にかけ発生し、午前九時から一〇時には消散する。しかし霧の発生はきわめて局地的現象で、いつ、どこで霧が発生するかという予報はむずかしい。
 伊予灘の釣島での年間霧日数は二一・四日、豊後水道ではさらに少なく土佐沖ノ島で一三・七日で、他の海域に比較して多くはないが、海上交通が過密で潮流の変化が激しいので、海難事故の原因となり、社会的影響は大きい。なお霧害については気象災害の節で後述する。

図2-19 愛媛県の気温日較差の年平均値(深石原図)

図2-19 愛媛県の気温日較差の年平均値(深石原図)


表2-4 一般風向と各地の海陸風の風速

表2-4 一般風向と各地の海陸風の風速


図2-20 愛媛県瀬戸内の陸海風について

図2-20 愛媛県瀬戸内の陸海風について


図2-20 愛媛県瀬戸内の陸海風について(つづき)

図2-20 愛媛県瀬戸内の陸海風について(つづき)