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わがふるさとと愛媛学Ⅶ ~平成11年度 愛媛学セミナー集録~

◇明治時代のカツオ漁

武智
 どうもありがとうございました。それでは引き続きまして、石原館長さんのお話を受けた形で、わたしの方からも、若干お話しさせていただきます。
 愛媛県にも、明治21年(1888年)から24年にかけて、『漁業図説並びに解説』が作られています。この冊子は、手書きの漁業絵図で、絵図には漁獲方法や網の作り方などの解説がなされております。その中に、藩政時代から城辺町で行われていたカツオ一本釣りの絵図と珊瑚(さんご)採りの絵図が含まれておりますので、それを御覧いただきながら、石原館長さんからもお話のありました三重のカツオ一本釣りと城辺のそれとを比較するという視点から考えていただけたらと思います。
 その前に、明治時代に出された「鰹(かつお)釣り略解」という絵図の解説文を、わたし流に若干現代語訳にしました。これを読んで御披露したいと思います。
 カツオを釣る季節は4月より10月までである。盛んに釣るのは、6月より9月までの四か月である。4月上旬より、「苗配(なえくば)り」と言って、子鰹を釣り始める。5月中旬になれば、東風が吹き海面が穏やかなときは多く釣れる。6月になって、沖合いは穏やかで、海岸のみ荒波が起こる。これを「碆東風(ばえこち)」と言う。この季節は、魚は磯(いそ)辺に寄って、海岸を離れること、おおよそ10町(1町は約109m)以内で釣れる。7月ころは、「入れ吹き」と言って、東風が吹いて雨が降らず、日和が続くときは、カツオは東に行ったり、西に泳いだりして、船縁(ふなべり)に近寄らないから、カツオが躍り泳ぐ方に船を進めて釣る。これを「押し釣り」と言う。
 8、9月のころは、次の語句の読み方がよく分からないのですが、「小西気」と唱え、西風が吹く。釣るためには、この風を嫌う。そのときは、たぶんに沖合いの暗礁、または、島の碆側(ばえがわ)(岩礁のある所)に集まる。魚は大きな物が多い。
 釣り餌を捕るのは、ニワトリが鳴くころより沖合いの暗礁の側で網を引き、その餌は、キビナゴが最も良い。次はトロメン。この語句も、トロメンとはどういうものなのか分かりませんので、ぜひ教えていただけたらと思います。それから、ホウタレである。
 釣り餌を捕れば、すぐ沖合いに船を出し、生き餌を海面に振りまき、これを「餌付(えづ)け」と言って、釣り垂れるものである。また、時としては、「餌床(えどこ)」と言って、数万のカツオが群れ集まり、イワシあるいはキビナゴを追い集まることがある。あたかも、網で引きまとめたようである。このイワシやキビナゴを、「張り玉」と呼ばれる「板網(いたあみ)」のようなものでこれをすくい捕って餌として釣れば、上がるのに暇がないほどよく釣れる。
 カツオを釣るのは、天気の状況、潮の往来はもちろんであるが、その最も良い条件は雨天でも、晴天でもなく、曇天の日で、風少なく、波静かな時である。また、晴天よりも雨天のほうが良い。一本釣りをするのは、太陽の昇る時分が最も良い。次に夕方がこれに次ぐ。日中はだいたい悪い。また、夜中は釣りはしない。潮は、「昇(のぼ)り潮」と言って、西より東に流れるときが一番良い。しかし、場所にもよる。沖合いより地方(じかた)へ向きたる潮を「入り潮」と言って、これもまた良い。地方より沖合いに向かう潮は悪い。満潮のとき、7、8合(満潮時を10合とすると、その前)が良いと言われている。満潮には、魚が餌によく食い付くからである。また、「苦(に)が潮」と言って、海面が泥のように濁ることがある。このときは、釣り垂れても、1尾も捕れることがない。
 以上のように、絵図の解説に書かれています。