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わがふるさとと愛媛学Ⅲ ~平成7年度 愛媛学セミナー集録~

◇町づくりとは

 玉井でございます。わたしは、この伊予市内でタクシー会社を経営しております。わたしで三代目となります。祖父母の代に、砥部から郡中に出てまいりまして、創業44年ということになっているんですけれども、実際には戦前から始めまして、戦時中にいったん中断して、その後また、続けて半世紀を超えております。
 わたしが「町づくり」という言葉に触れ、興味を持ったのは、それほど昔ではありません。3年くらい前からであります。それまでにも、村おこしだとか、地域おこしであるとかいう言葉を聞いたことがありましたけれども、あまり関心を持ちませんでした。「これからは地方の時代」と言われてもピンと来ず、ローカルニュースは飛ばし、全国ニュースを追うといった形でした。東京で10年以上くらしておりましたので、そちらのくらしのほうが良かったな、懐かしいなという感覚でした。
 しかし、会社が商店街にある関係上、億劫(おっくう)だなと思いながらも、誘われるままに会合や勉強会に出ることになり、商業問題に関心を持つようになりました。いわゆる「商店街の活性化」というテーマに当たったわけです。
 規制緩和、大型店の進出により地元の商店街は大きな打撃を受けました。その中で、地元の商業者には、「大型店のなかった時代が懐かしい。大型店反対。」と主張する流れと、もう一つ、「大型店と共存しつつ、消費者、生活者のニーズに対応して、地元に根ざした商業者にしかできない活動を通して、商店街の活性化を図ろう。」とする流れがあることがわかりました。
 私はあとのほうの考え方に興味を持ちました。この愛媛にも、人のことを考える人たちもいるんだな。後世のために、木を植えて育てようという感覚の人たちも存在するのだということを知り、自分も拱手(きょうしゅ)傍観できないと考えました。
 それからは、自分なりに理解を深めようとして、各種セミナーにも積極的に参加するようになりました。そして、商店街の活性化というテーマは、必然的に町づくりにつながってくるという認識に達しました。どういうことかと申しますと、魅力的な町、良い町を作っていこうとするならば、商業というのは不可欠です。にぎわいを作り、憩いの場を提供する役割を持った商店街は、町の公共財産であり、町の核、町の顔となっていかねばなりません。そして地域に根ざした商業者こそが、その役割を担えるのであり、そこにこそ地元商業者の生き残る道が開けて来るということです。
 こう言いますと、わたしはタクシー業なので、「おまえは、運輸業じゃないか。」と言われる余地がありますので、その点についてもわたしの考えを述べます。運輸業というのは、これは供給者側の産業分類です。運輸業は、貨物と人を運ぶという分野に入っておりますけれども、これからは生活者、消費者を中心としたものの考え方をしなければならないと思います。このような生活者側からの分類によりますと、わたしたちは高齢化社会に対応したサービス業である、そんなふうに考えております。その意味では、わたしも商業者の一員である、そういう自負を持っております。
 それでは、町づくりというのは、何なのでしょうか。簡単に言えば、魅力のある町にすること、住んでみたい町にすること、行ってみたい町にすること、帰ってきたい町にすることだと思います。私はこれを、政治的な意味、経済的な意味、文化的な意味に分けて考えたいと思っております。
 第一に政治的な意味における町づくりというのは、要するに、正論が通る町にするということであります。おかしいなと思っても、黙っているほうがいい。そういった考えでは、閉鎖的な空気が支配的となり、意欲的な人物が育たなくなる。人材も帰ってこなくなります。自由な議論ができる空気を作っていけば、むしろ人口3万の伊予市のように、小さな町のほうが、一人一人の力で町を変えて行きやすく、自己表現ができるので、人材が帰って来たくなるという状況が出てくるのではないでしょうか。
 第二に経済的な意味での町づくりとは、世代交代ができるということです。会場の皆さんの中には、息子や娘が帰ってきてくれないという嘆きを持たれている方も多いと思います。従来は産業の誘致、振興、つまり、働く場の確保が考えられてきました。しかし、これからは利便性と快適さ、そして、コミュニケーションの場の確保が大切です。そのような場としての商店街を作り上げ、商店街を町の顔とし、商業を中核とした魅力的な町を作ることにより、産業の誘致を容易にし、世代交代を実現し、定住人口の確保ができるのだと思います。従来のように工場があれば、それに付随して町がある、ということではなく、魅力的な町を作ることによって、その町で何かことを起こしたいという人たちが集まって産業ができる。そういう流れになってきているのだと思います。
 ただし、単純に人口を増やせばよい、ということではありません。それでは無個性なベッドタウンにしかなりません。これからは町の個性を出していかねばなりません。個性を出していく上では、商業的要素が最も大切だと思います。
 次に、文化的な意味での町づくりとは何でしょうか。それは一言で言えば、情報発信のできる町ということであります。その前提として、我々が自らの地域の歴史と文化に関心を持ち、発見をし、自信を持つことが必要だと考えております。
 隣の双海町では、夕陽を資源に、「沈む夕陽が立ち止まる町」として情報発信をし続けております。皆さん御存じと思いますけれども、最近、シーサイド公園が海側に、また、山の方には潮風ふれあい公園ができまして、かなりのにぎわいを見せております。双海町は、定住人口は少ないけれども、双海に関心を持つ人の多さでは100万都市と言ってもいいような状態になるのではないでしょうか。現在の伊予市は、それに比べると、せいぜい3万人プラスアルファというような感じがいたします。
 わたしの本日のテーマである、「海とロマンの町づくり」というのは、この文化的な意味での町づくりとかかわってくると思います。