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えひめ、人とモノの流れ(平成19年度)

(3)こだわりを大切に

 ア 展示への思い入れ

 「かまぼこ板の絵の展示は私一人がアクリル板の上に作品を並べていき、あと2人のスタッフがそれを貼り付けていきます。みんなでやったら、もっと早くて楽ではないかという声もありますが、感性が異なると展示のバランスを欠き、バラバラな印象になったりするのです。業者に頼めばという声もありますが、そうすると作品の裏にある物語に関心ははらわれず、ただ並べて貼り付けただけということになります。だから、一つ一つの作品を並べるにしても、その作品に込められた思いを大切にして展示していきたいのです。
 例えば、寝たきりであった方が、かまぼこ板に絵を描くことで元気をとりもどし、生きがいを与えてもらったといわれます。歩くことができない方は車椅子で来られます。そんなとき、車椅子の上からご自分の作品を一番見やすいところに展示しておいてあげたいと思うんですね。
 展示にはずいぶんこだわっています。でもこうやってこだわっていくことがギャラリーしろかわの生き方であり、そうすることでしか思いの表現ができないと思うのです。ここの根っこに流れるものは、いわば『ふるさとの母』のような在り方です。母親というものはふるさとを離れていた子どもが帰ってくると、子どもが好きなものを必ず作ってくれたりして迎えてくれるものだと思います。ふるさとの記憶は、そんなところから始まって、それがあるからこそみんながふるさとに帰ってくるのではないでしょうか。山の中の小さな美術館が、性懲(しょうこ)りもなく一生懸命になって小さなことにこだわって頑張(がんば)っている。そういった様子が心に残り、それが妙になつかしくて見に行きたくなるような美術館にしたいのです。こんなことにこだわってしょうもないなあと思っていても、それが自分の母親であったら、なつかしくうれしいですね。そんなふるさとの母のような美術館でありたいと考えています。我がふるさとの美術館、城川が本当のふるさとでない人にとっても、気になってしょうがない、なつかしくてたまらないと思ってもらえる美術館になれれば、生き残っていけると考えています。」

 イ 来館者に伝えたい

 「私は美術館を訪れた方には、いつも様々な作品について作者のことや絵に込められたメッセージなどをお話させていただくようにしています。そういったことを私たちだけが知っていたのではもったいないと感じたので、1回目の展覧会からやってきました。例えば、『この作者の方はガンとの闘病生活の中からこのような作品を描かれたのです。だから、この絵からとても励まされるのです。』というような感じで話を切り出します。そうすると理由はわかりませんが、落ち込んだ面持ちの方が元気になられたり、何度も足を運んでくださったり、身内の方を誘って再度来館されたりすることもありました。収蔵されている美術品についても、それぞれがどういう経緯でここの館蔵品になったのか、決してよそでは聞けない話をすることにしています。
 そして私には目のご不自由な方にも作品を見せてあげたいという夢があります。同じ入館料をいただくのなら、見えない人には見えるように説明するという責務がお金をいただくという意味だと思います。作品に込められている作者の気持ちを表現することで、作品が見えるのではないかと考えています。しかし、色をご存知ない方に、いくら色を表現しようとしても、それはむずかしいです。だから『作者はこういう方で、この絵はこういった状況の中で描かれ、作者はこの絵をかくことによってこんな生きがいを見つけられて頑張ることができたのです。』というように説明したいのです。
 あるとき、ガンとの闘病を続けられている女性が介助のボランティアの方と一緒にはるばる県外から来られました。その方は『私には明日という日がないかもしれないので、今日来ました。』と言われたのです。もう行くタイミングかもしれないと思われて来られたそうです。そして私に会えたことを喜んでくださり、『今日はいい日だった。今日はいい日だった。』と何度もおっしゃいました。私は胸が詰まりそうでしたが、その日私がいて、いろいろな作品の説明をしたことをこんなに喜んでもらえた幸せを思いました。
 いつも来てよかった、今日はいい日だった、また行ってみようと思ってもらえるような努力をしなければいけないと考えています。いつもだれかが見つめていてくれる、気にしてくれている美術館であるためには、こちらも来ていただいた方を忘れてはいけないと思います。キャッチコピーの一つにある〝君に出会ったこと忘れない。あなたに会えて本当によかった。〟は美術館の信条、基本コンセプトなのです。
 やっぱり美術館は、深呼吸できるところでありたい!ちょっと行ってみようかと思ってもらい、来てもらうと元気を取り戻せるような場所にしていきたいのです。あそこには横山大観やらガレといった美術品があるから見に行っておこうというようなことばかりでなく、このキラキラ光る朝霧の絵はいい絵だなあとうっとりして見てもらい、だれの作品かなあと表示を見ると横山大観という人だというような感じでいいのではないかと思っています。そして、あそこの美術館に行ったら、何か元気になった。また行きましょうや、と友だちと打ち合わせをしてもらえるようなところでありたいのです。美術館の敷居をぐっと下げて、子どもやおじいちゃん、おばあちゃんもやって来てにぎわって、美術館って楽しいところだなあと感じてもらえるようなところにしていければと思っています。」

 ウ ギャラリーしろかわだからこそ

 「いろいろな美術館では有名な作家の作品を借り受けて展示したりしていますが、ここでは、そういう企画展はしないことにしています。決められたもので勝負せず、絶対他ではやらないようなものをやっていきたいと考えています。だから毎回四苦八苦しながら、企画を練っています。
 その一つがかまぼこ板の作家の作品展です。かまぼこ板の展覧会に続きをつくることです。かまぼこ板の展覧会に応募してくださった皆さんがまた違った顔を見せてくださることの発見。年齢だけでなく精神的に若いアーティストのみなさんに、ここから出発してもらえるような美術館。この美術館があったからこそ―と思ってもらえるようなことも私たちの仕事だと考えています。それぞれの皆さんの作品展をプロデュースしたり、マスコミにも売り込んだりしながら、うちでやったことがきっかけとなってその後の皆さんの活動が広がっていくようになったらうれしいですね。
 今まで様々な企画展も開催してきました。例えば平成12年の3月~4月には県立第三養護学校の生徒の皆さんの作品展を開催しました。どの作品もすばらしものばかりなので、先方にお願いして実現した企画です。今でも絵画作品を額装して展示したり、陶磁器を館内のいたるところに飾らせていただいています。それらのことを説明すると『えーっ。』と感嘆(かんたん)の声を上げる人もいますし、それらの作品を目当てに来られた人もいらっしゃいます。見に来られた人には、展示してある作品が第三養護学校の皆さんの作品であることや、そのすばらしさを毎日自慢しながらPRしています。また、平成15年3月~4月には『城川おいこ物語』という企画展をやりました。その時は町内を歩いて『おいこ』を借りて回りました。そして貸していただいた方から、様々な思い出話を聞いて泣きましたね。狭い山道を、おじいちゃんやおばあちゃんたちはおいこを背負って暮らし(生き)、年をとっても人に迷惑をかけまいと生きてきた姿に泣けました。私はこのおじいちゃんやおばあちゃんたちがおいこで日本の経済をしょってきたんだと思いました。
 そして今年度は、『日本一短い手紙』で有名な福井県坂井(さかい)市丸岡(まるおか)町の『一筆啓上賞(*11)』とタイアップして、かまぼこ板の絵と手紙のコラボレーション展を開催します。この企画はこちらから提案して実現したもので、今年から5年間継続してやっていきます。第1回の展示会は9月に京都文化博物館(京都府中京(なかぎょう)区三条高倉(さんじょうたかくら))で行いました。来年は長野(ながの)市で開催することが決まっています。私として西予市や松山市で開催したいと考えています。愛媛の人たちがかまぼこ板の展覧会を支えてくださいましたから、そのお礼をしたいのです(コラボレーション展は、平成20年1月4日~2月17日に西予市〔ギャラリーしろかわ〕で、また、同年3月7日~16日に松山市〔松山市立子規記念博物館〕で開催された。)。
 こういう企画展を開催すると忙しい分だけ楽しみも多いんですね。やっている人が楽しんでないと、見てくれる人に『おもしろい』をプレゼントできないと思うのです。やったかいがあるなあと感じられる、こちらの言葉で『せいらしいなあ。』という日々の積み重ねでありたいと思っています。」


*11:一筆啓上賞 福井県丸岡町が丸岡城にある石碑、「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」からヒントを得
  て、同町が日本で一番短い手紙文の再現、手紙文化の復権を目指すことを目的に平成5年(1993年)から取り組んでい
  る。