データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

えひめ、子どもたちの生活誌(平成18年度)

(1)紙芝居を手作りで-内子天神紙芝居屋-

 紙芝居といえば、戦前・戦中を経て昭和30年代ごろまでは子どもたちにとって街頭や空き地で見る楽しみの一つであったが、テレビの普及などにより急速に衰退し、現在ではもっぱら保育園や幼稚園などでの利用が主流となっている。そういった時代の流れの中、喜多(きた)郡内子(うちこ)町平岡(ひらおか)(旧五十崎(いかざき)町平岡)地区で「内子天神(てんじん)紙芝居屋」を主催し、子どものための創作紙芝居教室を平成16年6月に開設された**さんと**さんに、これまでの取組や教室に集まる子どもたちの様子を聞いた。

 ア 読み手とかき手が出会って

 「私たちが紙芝居にかかわるようになったきっかけは、平成16年度の『えひめ町並博2004(*1)』の開催に先立って、地元の有志が『五十崎紙芝居の会(以下、紙芝居の会)』を結成した際に参加したことでした。それまで私は絵本などの読み聞かせの活動をやってみたいと考えていたので、平成14年から五十崎町中央公民館(現五十崎自治センター)で、目の不自由な方への町の広報誌の朗読ボランティアをやっていました。そんなことから紙芝居の会のまとめ役の方から声をかけていただいたのです。また、**さんは旧五十崎町役場に嘱託勤務していたころ、仕事の関係でお世話になった方に絵手紙のお礼状を出していたことをまとめ役の方が覚えていてくださって、声をかけてもらったのです。そういういきさつで、私は紙芝居の読み手として、そして**さんは絵のかき手として紙芝居の会に参加したわけです。今では意気の合う名コンビとして紙芝居の出張上演などもやっていますが、それ以前はお互い何の面識もなかった二人でした。
 町並博に参加して繰り広げた紙芝居の会のイベントは、その年の5月いっぱいで盛況のうちに終えることができたのですが、県や町からは、『これで終わらず今後とも自主企画の活動を継続してほしい。』と言われていました。また、私たちも何とか続けることができないかと考えていました。そんな時期に町から、国が進めている『地域子ども教室推進事業(*2)』への協力依頼があり、引き受けることにしたのです。もしこの話がなかったら、私たちの活動は今まで続けてくることはできなかったと感じています。というのも、いくらボランティアで子どもたちの活動を支援していこうとしても、紙芝居を作っていくにはどうしても材料などの費用がかかりますし、そうかといって家計から持ち出すこともできませんから、町からの補助が得られたことは、活動を続けていくうえで助かったわけです。
 そして、内子町、五十崎町、小田(おだ)町が合併して新しい内子町が誕生した平成17年からは、紙芝居の会の名称も内子天神紙芝居屋と改め、私たちが活動を引き継ぐことになりました。現在は私たち大人が2人と、天神(てんじん)小学校の6年生と五十崎小学校5年生の女の子の合わせて4人が紙芝居屋として活動しています。そして、町内には多くのスタッフの方がいて私たちの活動を支えてくれています。」

 イ 創作紙芝居教室を開いて

 「創作教室は『りゅうぐう紙芝居小屋』と名付けられている建物(写真2-2-1参照)でやっています。この建物はすぐ近くにある天神産紙工場が所有されているもので、以前は紙芝居の会の活動拠点でしたが、それを御提供いただいて私たちが引き続きお借りしています。紙芝居製作には必要な道具類がけっこうありますから、別の場所でやるとなると荷物の運搬が大変なのです。それに何よりも紙芝居小屋は小田(おだ)川の堤防上にあって、風通しや見晴らしが良くてとても気持ちがいいのです。どんな活動でも活動できる場所がなければうまくいきませんから、本当にありがたいことで、とても感謝しています。
 参加者は天神小学校と五十崎小学校の子どもたちで、6年生が一番多く、高学年を中心に10人前後です。やはり安全面の確保から、ここまで徒歩か自転車で来ることができる範囲の子どもたちが参加しています。就学前の子もいますが、それはお兄ちゃん、お姉ちゃんにくっついての参加です。
 創作教室開設当初、参加している子どもたちを見ていて驚いたのは大きな画用紙を渡しても、そこにちっちゃな絵をかくことでした。画用紙の全面を使った絵はかけなくて、ちっちゃくちっちゃく収まったものをかくのです。低学年、高学年を問わず、こじんまりとした、そつのないものをかこうとする傾向があるので、もっと自由に大きくかいてほしいと思いました。自分たちが子どものころにかいていた絵を思い出すと、画用紙からはみ出すくらいの大きいものをかいていたように思うのですが、今の子どもたちは漫画の世界の影響なのかもしれませんが小さな絵をかいてしまうのです。せっかく素敵(すてき)な絵をかいているのだから、画用紙いっぱいに大きく伸び伸びとかいてほしいといつも考えています。また、子どもたちはどうしてもきれいな絵をかかなければいけないと思い込んでいるところもあるようです。だから、まず鉛筆で下がきをしてから色でなぞろうとするので、そのままかいてごらんと声をかけています。また、少しかいては、これはいけん(だめだ)といって、もしゃぐって(くしゃくしゃにして)しまったりする子もいるので、そんなときには、いけんことはないから続けてかいてごらんと声をかけるのです。それぞれの子どもたちがとてもいい素材を持っているけれど、それをうまく生かしきれていないようにも感じています。 
 創作教室の活動は毎月の第4土曜日の午後1時~3時です。子どもたちの活動は、最初はゆっくりで、時がたつにつれてだんだん乗ってくるので、一応3時を終わりの目安としていますが、土曜日の午後は私たちにも余裕がありますから少々時間オーバーしても、かけるところまでかいて、それから帰っていいよという感じで接しています。途中までしかできていない子どもには、また次に来たときにかけるように、ちゃんとしまっておくから大丈夫よといっています。おもしろいのは、次回といっても一月先のことですから、来たときには先月自分が作っていたお話の流れや絵の構成をすっかり忘れている子どもがいることです。でも、それはそれで、そこからまた新しいお話を作ったり、絵をかいていけばいいし、子どもたちのペースに合わせてやっていけばいいと考えています。
 創作教室は次の手順で進めていきます。まず、紙芝居の絵は一般的に12枚で構成されていますから12個のマスをかいたB4判の用紙を渡し、1マスごとの絵をかいていきます。紙芝居のお話全体のこまわりをするのです。そして、12マスの絵をもとに今度は1こまごとのお話をつけていくのです(写真2-2-2参照)。
 次に1こまごとにかかれた小さな絵を、葉書サイズの用紙にかいていきます。私たちはそれを『ちいさいちいさい紙芝居』と名付けているのですが、この段階までくると、子どもたちに、『ねぇねぇ、これをもっと大きくかいてみない。』と声をかけるのです。その声に子どもが乗ってきたら、大きい画用紙を渡して、それにかいてもらうのです。つまり、小さい絵から大きい絵にしていこうというわけです。どんなことでもいいから、自由に絵をかいて、お話を作りましょうと言っていきなり大きな画用紙を渡すと、それこそ真っ白い紙とのにらめっこがはじまるので、こういう手順を取っているのです。12こまがその日のうちにできる子もいれば、できない子もいますが、こちらが押し付けてやらせるのではいけないと考えていますから、それはそれで構わないのです。
 紙芝居は左から右に絵を抜いてお話が進むわけですが、案外そのことを子どもたちは知らないので、画面構成については絵を抜いていくことを意識して絵をかくように説明しています。つまり、紙芝居は自分の側から見る絵ではなく、それを見るお客さん側の視点を意識しないとおかしなものになってしまうわけです。例えば『黄金バット』が空に飛んでいくなら画面の左に向かって飛ぶようにかくことが必要で、右向きだと紙芝居を見る側からは飛んで行くようには見えないということです。
 出来上がりは大きな画用紙12枚となりますが、だいたい一作品できあがるのに3か月くらいかかります。出来上がった作品はどれも楽しいものばかりで、例えば滑り台をすべってきたらお友だちの頭にぶつかってしまい、火花が出て、その火花からお化けが出てくる。お化けは怖いものと大人は思いがちですが、主人公の子どもはそのお化けと仲良くなって一緒に遊んでしまうのです。大人ではなかなか思いつかないような発想で、子どもたちは楽しい紙芝居をつくるので驚かされます。
 参加している子どもたちを見ていると、だんだんと自信がついてくるのがわかります。年度始めに真っ白い画用紙とにらめっこをしていた子どもたちが、回を追うごとにストーリーをつくるのも、絵をかいていくのも早くなっていくのです。そういうプロセスを一緒に歩めることが何より楽しいです。
 そして、年度末の3月には発表会を紙芝居小屋で行っています。地域の方から子どもたちの活動を発表する場を設けてみてはどうか、そして保護者にも自分で紙芝居を作り、それを読む子どもの姿からふだんでは見ることのできない子どもの様子を見てもらってはどうかという御提案をいただいたことが開催のきっかけでした。発表作品はそれまでに作ってきた自分の作品から子どもたちが自分で選び出して、それを発表します。当日の子どもたちの様子を見ていると、上演するときは恥ずかしそうにしていますが、やはり上演後の表情には満足感や達成感があります。子どもたちは発表会に間に合わせなければいけないから準備も大変なわけで、途中で嫌になることもあったでしょうが、いざ本番となると『さあ、どうだ。私たちだってやれるんだぞ』という顔つきになっていました。全部で集まったのは10人ぐらいでこじんまりとしていますが、ほのぼのとした雰囲気がありました。」

 ウ 地域とかかわりながら

 「創作教室以外の活動は、自分たちの都合のつく時間をつかって地元の敬老会や小学校、そして児童館や町立図書館などに紙芝居の上演や読み聞かせに出向いています。例えば、私は児童館に出向いていますし、**さんは、天神小学校の『朝の読書の時間』の読み聞かせボランティアをしています。また、『大きな榎(えのき)の木の下で(*3)』というイベントや、地元商店街の夜市などには内子天神紙芝居屋として、道具も衣装も万事揃(そろ)えて紙芝居出張上演をしています。町外での出張上演も年に何回かあり、決まった依頼先から毎年声がかかるケースも少しずつ増えていますが、どうしても移動時間や費用がかかりますから必要経費は依頼先に負担してもらっています。」

 エ 創作教室のこれからと紙芝居コンクール

 「最初に申し上げましたが、創作教室は国の地域子ども教室推進事業に協力してやってきました。しかし、この事業は今年(平成18年)度限りで終わり、来年度以降は町からの補助がなくなってしまうので創作教室の運営は難しくなってきたというのが現状です。しかし、補助がなくなったからといって、やめてしまいたくはありませんし、紙芝居の会から引き継いできたものを守っていきたいと考えています。そこで、子どもたちの活動支援や地域づくりを進める個人や団体への公的、私的助成制度を利用して、なんとか予算の問題をクリアして創作教室を続けていきたいと考えています。
 また、町並博の開催時には全国から作品を募集し、著名な審査員も招いて『第1回紙芝居コンクール』を実施しましたので、その2回目を来年の夏に実施したいと考えています。来年に向けて現在構想を練っていますが、予算などの制約がありますので募集対象を県内の小学生に限定し、絵の大きさも標準サイズでなく『ちいさいちいさい紙芝居』のサイズで進めたいと考えています。そうすることで、必要経費や保管・展示場所といった問題をなんとか乗り切っていこうと考えています。
 そして、まだ子どもたちに具体的に働きかける段階にはきていませんが、紙芝居の中に身近な地域の素材や地名などが出てくると、子どもたちにとって関心も持ちやすいと思うので、五十崎地方の伝説や伝承をテーマに、私たち二人の合作でオリジナルな紙芝居を創作したいと考えています。こういったことにお詳しい御高齢の方が年々少なくなってきているので、もっと早くから取り組んでおけばよかったと感じていますが、今後は地域素材からの創作にも力を入れていきたいのです。」


*1:えひめ町並博2004 愛媛県の南部(南予地域)の歴史・文化のシンボルである「町並」の魅力を全国に発信し、南予地
  域の更なる発展とまちづくりの推進をめざしたイベントの総称。
*2:地域子ども教室推進事業 文部科学省が平成16年度から3か年計画で都道府県に委託した、身近な地域で子どもたちが
  安心して活動できる居場所の整備を国が支援する事業。平成18年度には県内の市町や民間団体がつくる43団体が69教室
  を開設。
*3:大きな榎の木の下で 樹齢250年と推定され、天然記念物として町が指定している榎の大木をシンボルに、未来を担う子
  どもたちと小田川での思い出を作ろうと毎年12月に繰り広げられる様々な内容のイベントの総称。

写真2-2-1 りゅうぐう紙芝居小屋

写真2-2-1 りゅうぐう紙芝居小屋

内子町平岡。平成18年10月撮影

写真2-2-2 12マスの絵

写真2-2-2 12マスの絵

内子町平岡。平成18年10月撮影