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鬼北町

中谷利忠(1901~1950)

 愛治村長、県議会議員・副議長。明治34年10月6日、北宇和郡愛治村畔屋(現北宇和郡鬼北町)で中谷浪江の長男に生まれた。昭和5年以来村会議員を務め、21年2月愛治村長に就任、22年4月同村長に公選されて25年1月まで引続き村政を担当した。 22年4月県会議員に当選、23年5月から1年間副議長に就いた。昭和25年12月29日県議会議員現職のまま49歳で没した。(『愛媛県史 人物』より)

【追記(中谷利忠胸像 撰文)】
 中谷利忠君は明治34年愛治村畔屋に生れ、幼にして頭脳明晰郷党の指導者たるの天分を示した。昭和の初期、農村窮状を見るに忍びずと決然起って農村負債整理組合を創り初期の目的を遂げた。また養蚕業の第一線に起ち、卒先尽粋した功績は甚大である。昭和21年村民の与望に応え、愛治村長に就任、開びゃく以来の名村長として敬仰された。昭和22年県会議員となり副議長に推される。併せて県指導、経済の二連合会長を兼任す。折柄県の政界財界の重大時機に直面し、病躯を押して激務に奔走中、宿舎において卒倒、昭和25年12月29日急逝した。生前の功績を称えて総昭院殿興県済世大居士の法号を贈る。君の遺徳を顕彰すると共に後進の発奮の資たらしめんと、ここにその遺影を刻して後世に伝へるものである。
  昭和42年12月
           題額 内閣総理大臣 佐藤 栄作
           撰文 愛媛県知事  久松 定武
              建設委員長  青木 良忠

(『広見町誌』より)

①中谷利忠君像

①中谷利忠君像

北宇和郡鬼北町清水(愛治小学校南)