データベース『えひめの記憶』
内子町
篠崎長之進(1886~1967)
篠崎長之進は、明治19年小田町大字立石(現内子町立石)に生まれ、弱冠25歳にて石山村助役、ついで村長となり、その後、郡役所や県庁、伊予鉄道株式会社などの勤めを経て、小田町村八代の村長となり、8年間勤めた。昭和30年参川、小田町、田渡の三か村が合併し、小田町として発足、その初代町長となり、その後8か年在職した。その間、郡町村会の会長、県町村会の副会長として活躍した。
長之進は優れた頭脳と円満な人柄で、生涯の大半を地方自治のために尽くした。その功績によって、勲五等瑞宝章が贈られた。
町長時代の長之進は、杖を持ち、徒歩で通勤したが、常に笑みを浮かべ、出会った人とは進んであいさつを交し、常にねぎらいの言葉を忘れなかった。また、あまり丈夫でない妻を大事にしたことも、美談として伝えられている。
老後は、長男の勤めの関係で松山に居を構え、のびのびと生活をしていたが、その後病気にかかり、昭和42年81歳でこの世を去った。(『小田町誌』より)