データベース『えひめの記憶』
伊予市
佐伯矩(1876~1959)
日本における栄養学の創始者。新居郡氷見村(現、西条市)出身。3歳の時に、伊予郡本郡村(現、伊予市)に移り、伊予尋常中学校(現、松山東高等学校)を経て第三高等中学校医学部(現、岡山大学)を卒業、京都帝国大学(現、京都大学)医科大学医科学教室で荒木寅三郎(あらきとらさぶろう)博士に師事した。
明治35(1902)年、内務省伝染病研究所に入り、北里柴三郎博士の下で細菌学及び酵素について学び、大根から消化酵素「ラファヌスジアスターゼ」を発見した。明治38(1905)年、渡米してエール大学で生理化学を学び、帰国後の大正4(1915)年、私立栄養研究所を設立、栄養改善を全国各地に説いて回り、「偏食」「栄養食」などの言葉を作った。その後、国立栄養研究所が開設すると初代所長に就任、栄養の総合的研究で世界的権威となった。大正13(1924)年、私立栄養学校(現、佐伯栄養専門学校)を設立して栄養士を養成、卒業生の橋爪幸重(はしづめゆきしげ)を愛媛県技手として故郷に派遣、栄養改善事業に取り組ませた。一貫して栄養学の確立と実践による食生活の改善を説き、『栄養効率の研究』などの論文を著した。(『愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~』より)
①北山崎小学校にある像(卒業生作) 伊予市中村41 |
②北山崎小学校内にある書「栄養」 伊予市中村41 |
③伊予市栄養寺の顕彰碑 伊予市灘町52(伊予鉄郡中港駅近く) |
④佐伯栄養専門学校(移転前の校舎) 東京都大田区中央5丁目(平成27年12月に蒲田駅近くに移転) |
⑤専門学校内にある胸像 東京都大田区中央5丁目(平成27年12月に蒲田駅近くに移転) |
⑥東京池上本門寺の顕彰碑 東京都大田区池上1-1-1(東急池上線池上駅から900m) |