データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

美川村二十年誌

二、農業祭

 農業祭は村民の農業意欲を高め、技術進歩の状況や生活文化の向上を周知させる趣旨で美川村発足以来、毎年開催して昭和三七年まで八回に及んだ。はじめは農民祭と呼び旧村毎の三会場で開催していたが、その後の経済成長と村の農業動向、全村民の交流の必要を思い、第五回の三四年から全村一ヵ所、名も農業祭と改称し、まず上黒岩で開いた。六回は仕七川、七回はもとにかえり上黒岩で開いた。その時のようすを略記して見よう。
 物産展 第一会場物産展は中央集会所を当て、階上ホールは農産物、階下は林産物、屋外で農機具が展示された。農産物は前回よりも質量ともに向上しており、なかなかの好評だった。久万農業改良普及所の五〇万円所得の青写真などは特に人目をひいた。そのころ目立って伸びて来た椎茸は林産物の花形で村内各所から出品され、美川産椎茸が経済市場で着実な地歩を占めて来たことを示した。農林産物の出品数は穀類一二六点、疏菜一二九点、工芸作物二点、果樹二六点、五品目総合出品一一点、茶一〇点、椎茸四三点、苗木等一六点であった。入賞は品目別に優等賞一八名、一等賞三三名、二等賞六三名、計一一四名であった。
 畜産展 第二会場の畜産展は恒例の御三戸牛市を兼ねていたので、県内各地、遠くは京阪神地方から多数の仲買人が集まり、中央集会所下の河原は人と牛で埋まった。今年からせり売りも採用され、好況のうちに取引された。当日出場牛は約一八〇頭で、売買数一三〇頭、うち肉牛約六割、役牛約四割、子だしはごく少数で、最高売値は田渡野瀬の綱田時雄の二八万円であった。
 文化展 第三会場文化展は役場二階のホール一ぱいに展示物が置かれた。各小中学校の児童生徒の努力作品が人目をひいた。また同会場には日本最古と学者から折紙をつけられた上黒岩ヤナゼの繩文文化の出土品が多数出陳されたし、郵便関係の目新らしい趣好の展示物なども興味をそそった。
 生活改善展 第四会場生活改善展は役場二階の二部屋が当てられた。料理・生花・家庭用器具が整然と美しく展示された。料理展は生活改善がようやく自分のものとなった婦人達が腕によりかけて作った、自信のほどもうかがえる見事なものばかりだった。生花の美しさと落着きも見る人に安らぎを与えた。
 芸能展 第五会場の芸能展は例年の混乱を避けるため映画と演劇の二つに分けた。御三戸劇場では正岡よしえらの肝入りで郷土芸能が催され、仕七川・美川西・美川南の婦人会・その他有志が終日熱演をくりひろげ、ぎっしり満員の盛況だったし、映画は美川中央中学校を会場とし、これまた多くの観覧者を集めた。