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面河村誌

三 盆踊りの唄

  美しい村の娘さんが、縮緬の長襦袢に、いきな襷を長く後にたらし黒髪に白い鉢巻をりんとしめ、優しき口元にさす紅も濃く、同じ装いの十五、六人が、若い青年の血に燃ゆる喋子に足なみを揃えて踊ったのである。
  神秘を語る石鎚の山の端より出づる十五夜の聖い月光に照らされた、音一つだにせぬ平和な村の夕に、青春に燃ゆる彼等の歌ふメロディが流れ出づる時、子供も年寄も皆双手を挙げて悦んだ。全く彼等の幸福は絶頂に達した。
  そうした年々の催しも、何時とはなしに七、八年前から廃れてしまった。華やかな娘時代を踊った中ヶ市組のクニヱさん・イソノさん・イシヨさん・タミヨさん・フクヨさん・ミチさん・成組のキヨミさん・トラヨさん・ヒデヨさん・イチさん・イセミさん・スミヱさん等の踊子の人々も、今は淋しく散り散りに。
  我等の租先が「神秘な若山」として、他村に誇った、その歴史の一部分でも、永久に残したいものである。
  若山の若き青年処女諸君よ、諸君の有する「神秘な歴史」を、忘るることなかれ。
 この一文は、大正十三年(一九二四)一月、松山海南新聞(後の愛媛新聞)に掲載された、「雪の面河を憧れて」(筆者は当村出身中川武久、当時愛媛県立松山商業学校第四学年)のうち、若山盆踊りに関する文である。
 その後一度も踊られることなく、その土の香りのする歌詞もメロディも、手踊り・扇子踊り・ボンデン踊りの数にも、すべて忘れ去られ、その復活は絶望である。この貴重な、真の郷土芸能をなくしたことは、かえすがえすも残念である。
 盆は、故郷がふみかえり活気づく時である。人々は、せき立てられるように故郷に急ぎ、日本列島は「民族大移動」の渦に巻き込まれる。今年もその数三〇〇万とか五〇〇万とかいわれる。過疎で、ひっそりとした村里の人口が、急にふくれ上がる。懐かしいあの顔この顔に出会う。
 先祖の墓参りは、亡き人々への尽きぬ思いをめぐらせる。夜を彩る盆踊りは、故郷の人々との触れ合いで、生の喜びを感じさせる。
 盆踊りの多くは、単純な手足の動きを繰り返すだけだが、太鼓・笛・三味線のお囃子と、音頭取りの歌にのって夜を徹して踊り狂う。盆踊りに酔いしれた踊り子の顔をながめていると、みんなが一つになって踊ることが、どんなに楽しいものか、ひしひしと実感を伴って伝わってくる。
 最近では、都会・田舎を問わず、盆踊りは、人間の触れ合いの場として見直されてきた。その土地に伝統の音頭のない地方では、各地の民謡が会場に流れ、時代・土地がらの垣根を越えて生き続けているといえそうだ。
 盆踊りは、もともと盆に招かれた先祖の霊を慰め、また送る念仏踊りが、そのルーツといわれる。それゆえに踊りも素ぼくだったらしいが、その後さまざまな踊りの要素が加わり、それぞれの土地で独特の踊りができた。現今、供養踊りの遺風を探すことは難しく、踊る楽しさ、見る楽しさの盆踊りが盛んになってきた。ジーパンにTシャツ姿の若者の飛び入り踊りも、けっこうサマになっている。
 面河村第一回合同盆踊大会は、昭和五十一年八月十五日、面河村教育委員会(教育長中川英明)、面河村婦人会の共催で、渋草・面河村立面河中学校運動場で盛大に挙行された。
 運動場の中央に櫓を組み、紅白の慢幕、四方に赤の提灯を張り巡らし、婦人会を中心とした村内各集落(渋草・前組・本組・中組・若山)から五連、約二百余人の踊り子・それに盆の帰省者・老人・子供の飛入り、はては面河村長(中川鬼子太郎)までも踊りの中に加わり、櫓を中心に、三重にも四重にも踊りの輪を描く。婦人会は支部ごとにそろいの浴衣、ワンピース姿は飛入りの娘さん、ねじりはちまきは村の古老、流れる音頭は高松山にこだまし、踊り子も観衆も夜の更けるのを忘れて、この初めての村をあげての盆踊りを心ゆくまで楽しんだ。
 残念ながら、伝統の音頭も踊りもないこの地方、歌い踊られるのは、新作の面河音頭・炭坑節・おいでや小唄など。それはそれでよろしい。ただ踊りの輪の中、見物の人々の中に、懐かしいあの顔、この顔に出会えば、それは胸がいっぱいだ。
 あの人、今年は見えないなあ、そして、そうか、いつ、そうだったのか、一期一会とはいうけれど、立ち話だけで別れたのが最後だったのかと、人の命のはかなさを知らされるときでもある。故里に帰りきた者、それを迎える者、あるいは、行きずりの人々、やがてまたどこへともかく去って行く。
  面河音頭(抄)作詞作曲小野興二郎
   ハァー 山はネ
    山は石鎚名所は面河
    もみじ着せたら
    もみじ着せたら 日本一
   ハァー 笠がネ
    笠がかたむく 茶つみの笠が
    面河茶どころ
    縁どころ
  おいでや小唄
   伊予の松山 お城の中にゃ
   今じゃ お月さん住むという
   会いに行きぁんせ あのロープウェー
   語り明かそか 語り明かそか しみじみと
   おいでや おいでや おいでんか