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久万町誌

4 新しい農政

  ア 農業基本法 
 農村の民主化と食糧の確保を目標とした戦後の農政は、既に一応の成果をおさめ、更にその再編がなされたにもかかわらず、あらたな農業問題には対応しにくくなってきた。それは個々の制度についての欠陥だけではなく、農政そのものの欠陥を露呈している。これは農政がその目標を見失って、全体として調和を欠いたことを意味する。
 まず、農地改革を軸とする農村の民主化は、既にその目標を達成しており、更に食糧の確保という目標についても、世界的な食糧の需給の緩和を背景に、我が国も食糧、特に米については昭和三〇年産米の大豊作を契機として、ほぼ自給の域に達している。米を中心とする生産の増大は、一連の技術的進歩と資本装備の高度化による。これによって、昭和三〇年以降は、単位面積当たりの収量の増大、すなわち土地生産性の向上ばかりでなく、労働生産性の向上がもたらされた。もちろん、これは零細耕作の構造のなかでの技術的進歩でもあり、資本装備の高度化でもあった。昭和三〇年からの日本経済の高度成長にともなって、急激に農業労働力は他産業へ流出し、農村では兼業農家の増加と労働力不足が年々深刻な問題になってきた。更に生産性を向上するには、明治以来の零細耕作の根本的な改革と、技術の革新が問題となってきた。零細耕作の構造が農業の生産性の向上と、所得の増大に大きな支障になりつつあるということは、農業部門の生産性と所得の格差にもあらわれている。農家と非農家の世帯員一人当たりの家計費においても、相当の格差がみられる。このように、農政の当面する問題は食糧問題から農業問題に転換したのである。
 農政の基本的な方向の確立を最初に提唱したのは、昭和三三年における全国農業会議所を中心とする農業基本法制定の要求であった。しかし、農業基本法とは何かについては、必ずしも明確ではなかった。
 既に西ドイツにおいては、農業基本法というべきものが制定されていた。その目標として、農業従事者と他産業従事者との社会的地位の均等を掲げ、政府に毎年農業の現状報告を国会に提出させるとともに、その報告に基づいて、目標の達成のために講ずべき施策を明らかにし、それに必要な予算を計上すべき旨を規定している。そして、この法律施行後、西ドイツの農政関係予算は増加していった。これは、農林関係予算の伸びが停滞し、新しい予算確保のためのスローガンを求めていた我が国の政党と、農業関係団体にある種の刺激を与えた。
 このような動向に対して、政府は昭和三四年四月に、総理府に農林漁業基本問題調査会を設置し、同年七月この調査会に対し、農林漁業に関する基本的な施策の確立に関して諮問を行った。調査会は、昭和三五年五月に、「農業の基本問題と基本対策」という答申を行った。この答申は、農業の基本対策を方向づけるに当たって特に考慮すべきこととして、経済の成長、就業の動向、貿易の自由化の三つをあげ、今後の農政の方向を所得の均衡、生産性の向上、構造の改善に求め、それぞれについて問題と対策を示している。
 その結果、農林省は、昭和三六年二月一八日、第三八国会に政府案として農業基本法案を提出し、同年六月六日に成立させ、同月一二日に公布、施行されることになった。
 基本法は、農業の向かうべき新たな道を明らかにするためのものである。したがって、農政の具体的な政策の表明というよりは、政策の方針を述べた抽象的なものであった。
 基本法はその前文で、我が国の農業が経済の高度成長にともなって、曲がり角にきている事情を明らかにし、農政の目標としては、他産業との生産性の格差が是正されるように、農業の生産性が向上すること、及び農業従事者の所得を増大して、他産業の従事者と均衡する生活を営むことを掲げている。そうして、この目標を達成するために、農業生産の選択的拡大、構造の改善など、国及び地方公共団体が講ずべき施策の基本について規定するとともに、これを年々具体化していくことについての政府の責任を明らかにするため、政府は毎年、農業の動向に関する年次報告、及び毎年講じようとする施策を明らかにした文書を国会に提出すべきことを定めている。
 政府は、この基本法の方向にそって施策を具体化するために、昭和三六年度以降において、諸法制の整備に努めた。
 まず、農業構造の改善に資するために、昭和三二年の農地法の一部を改正する法律、農業協同組合法の一部を改正する法律が制定された。農地法の一部を改正する法律では、有限責任会社や農事組合法人などの農業生産を行う法人たる農業生産法人による農地などの権利の所得を認め、農協の行う農地などのに信託事業について、農地法の特例を設けた。また、農業協同組合法の一部を改正する法律では、農業生産法人の一つである農事組合法人の制度を新しく設けるとともに、農協が農地などの信託の事業を行うことができるようにした。なお、農協の規模拡大のためには、昭和三六年に農業協同組合合併助成法が制定された。
 農業生産の選択的拡大の方向にそって立案されたものに、昭和三六年に制定された果樹農業振興特別措置法、大麦及びはだか麦の生産及び政府買入れに関する特別措置法案がある。
 価格政策に関連する立法としては、昭和三六年の畜産物の価格安定等に関する法律、大豆、菜種交付金暫定措置法がある。
 構造改善と農業の近代化のために必要な金融措置としては、昭和三六年に農業近代化資金助成法と農業信用基金協会法が制定された。農業近代化資金助成法は、農業近代化資金の貸し付けをする金融機関に利子補給を行う都道府県に対し、政府が利予補給補助などの助成措置を講じた。
 また、農業信用基金協会法は、農業近代化資金の貸付などにかかわる債務の保証を行う特殊法人を、都道府県に設置するための法律である。
 基本法関係の重要施策として、農業構造改善事業がある。この事業は基本法(第二十一条)の規定するように、「農業生産の基盤の整備及び開発、環境の整備、農業経営の近代化のための施設の導入等、農業構造の改善に関し必要な事業が総合的に行われるように指導、助成を行う」主旨で、昭和三六年から実施されたものである。この対策のなかの個々の事業は、従来からも各種の補助や融資によって行われてきたが、これらを総合化して地域的に農業構造の改善を推進しようとするものである。
 この対策が新農村建設事業と異なるところは、構造改善を主眼としたこと、工業化の予定地域などを除くおよそ三一〇〇市町村について、昭和三六年から一〇か年計画で実施することにしたことである。
 久万町でも、昭和三六年に計画地域指定を受け、同四〇年度から事業実施を行った。事業の主なものとしては、土地基盤整備事業、経営近代化施設、協業事業などで、総事業費一億一七四五万七〇〇〇円の事業を実施した。基本法の施行とこれに関連する施策がどのような効果をあげているか、それによって、現実に農業の向かうべき道が明らかにされ農業に関する政策の目標を示すことになったかということについて、総じていえば、基本法下の農政は、まだ、農業に明るい展望をもたらしているとはいえないし、生産性や所得の格差が是正されはじめたともいえない。具体的施策についても、たとえば、農地信託事業はほとんど行われていないし、農事組合法人制もあまり活用されていない。構造改善事業は種々の問題をはらんでいて、必ずしも農村で歓迎されているとはいえない現状である。
 いずれにしても、開放体制下の我が国の農業は、他産業とのあいだの生産性又は所得の格差の是正が困難であるという現状において、新たに開放体制への移行というきびしい現実に直面しているといわなくてはならない。生産性や所得の格差の是正と開放体制への移行とは矛盾する二つの課題であるが、これをどのように調和していくかが、今後の農政に課せられている重要な課題であった。