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久万町誌

9 五社神社

 大字直瀬
 祭 神 足仲彦命・誉田別命・息長足姫命・姫大神・猿田彦命・素盞嗚命・稲田媛命
 社伝によると、「目負八幡と称して、祀ってあるのは浮穴郡北番直瀬村に鎮座有るところで、現今の五社大明神の御殿内に合祀されてある。天正二年(一五七三)秋、小倉丹後守直政当処を守っている時、国守河野屋形の命を受けて伊予・土佐の国境に接近する小田山、笹ヶ峠において土州長岡城主長曽我部宮内小輔泰元親と激戦、その際この八幡宮の御神体を背に負い毎日戦いに勤め高名を顕わした。ここによって日負の号を唱え称した。後直政居城館の西三町を隔てる土居と呼ぶところへ一祠を建立、日負八幡宮として奉祀した。また本殿には四所明神と呼ぶ古社があったが天正一八年(一五八九)に官命によって右の神々と一礼に合祠した。よってこの時から五社神社と社号を改めた。文禄二年(一五九三)八月二七日、直政没す。寛永三年(一六二六)一〇月、社殿等悉く焼失。同四年(一六二七)二月、官命によって再建。当村の氏神として今日に居る。