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久万町誌

1 一目千両

 昔むかしの大昔。
 京の都に一目千両と言うものが出来たと言う評判が山の中まで聞こえて来ました。村には千両もためている人はおりませんので、だれも見に行けません。ところがそれを聞いて、ひとりの若衆か一生懸命に働きました。お金をこしらえて一目千両を見に行こうと思ったからです。家内も子どももある世帯持ちのおやじがおりましたが、このおやじもそれを聞いてから、一目千両を見に行こうと思って、一生懸命に働き始めました。
 ふたりとも朝は早くから起きて仕事に行き、夜はおそくまで夜業をしたので、まもなく千両の金がたまりました。おやじの方には、天井のうらにかくしてあった昔のお金が二千両も出てきたので、三千両もの金がありました。
 ふたりはいっしょに京の都へ出かけて行きました。
 「一目千両はどこぞなもし」
と言って、たずねて行きますと、一目千両の看板にいい具合いに行きあたりました。家の中には一目千両の女がいると言うので、ふたりは千両ずつ出して、一目千両を見ました。
 一目ぐらい見たのでは、じゅうぶんわからぬので、おやじはもう一目見ようと思いました。若衆は一目で千両つこうてしまったので帰ってしまいました。おやじは二度目の千両を出して一目見ましたが、それはそれは綺麗な女でもう一目見たくなりました。まだ千両残っていたので、またお金を出して三度見ました。
 ところが一目千両の女は、びっくりしてしまいました。
「今までに一目見てくれた人はたくさんいるが三度も見てくれた人はあなただけじゃ。どうぞ私の聟になってくだされ」
とおやじに頼みました。おやじは、
「わしには嫁も子どももあるけに、そういうわけにはいかんぞなもし」
と言いましたが、一目千両の女は承知をしてくれません。そこで京の一目千両の聟さんになって暮らすことになりました。それから三年の月日がたちました。おやじはふるさとのことも忘れて、楽しく日を送っていました。
 三年目のある日のこと、一目千両が、
「あなたにはくにに子どもも家内もいるのじゃから、いっぺん帰って丈夫な顔を見せて来なされ、わたしは待っているけに、すぐに帰って来ておくれ」
と言いました。おやじもそれを聞いて急に帰りたくなりました。一目千両はお金をたくさん持っているので、土産物をたくさん買っておやじに持たせました。そうしておやじには、一目千両の絵姿をくれました。
「どうぞ私の姿が見たかったら、絵姿を見てくだされ。人がおらんお山で見にゃあいきませんぞ」
と言いました。おやじはお土産と絵姿を持って、ひとりでとぼとぼと帰っていきました。
 今までいっしょに暮らしていたのに、別れて二、三日もすると、一目千両が恋しくてなりません。
 どうかして姿を見たいと思って、宿の二階で、ある晩、こっそりと絵姿を出して見ました。ところが急に絵姿がぞめき(音を立てる)出しました。
 チンチャン、チンチャン
 チンチャン、チャン
とぞめきはじめましたので、宿の人もみんな出てきて絵姿を見ました。
これはまた綺麗な女の人じゃと言って、皆でのぞいて見ました。男はあわてて絵姿をしまいこんで、宿をたって帰っていきました。
 家へ帰ってみると、家では三年も帰って来ないので、もう死んだものと思っていたところですから、たいそう喜びました。たくさんのお土産をおやじが皆にわけたので、皆でお祝いのお客をしてくれました。
 しかし、しばらくたつうちに、おやじは、都に残してきた一目千両が恋しくてたまらなくなってきました。そこで家内や親類の人にもわけを話してもう一度京へ上っていきました。
 もうあと二、三日で京へ着くと言う日に、おやじは一目千両が見たくてたまらず、宿の二階でこっそりと絵姿を出しました。ところが絵姿は、今度はちょっともぞめきません。これは不思議と思いましたが、おやじはそのまま絵姿をしまいました。そうして宿を出て二、三日して京へ着き、一目千両の家まで行きました。
 ところが、一目千両はもうずっと前に、病気で死んでしまっていたのでした。なるほど、ぞめかなかったのは死んでいたからなのかと思いました。おやじはつらくなって、一目千両の家の前で泣いていました。家の人が出てきて一目千両の墓を教えてくれました。そこで墓へ行きますと、墓の中から一目千両の幽霊が出てきました。
「あれほど言うてあったのに、わたしの絵姿を人の大勢いる宿であけたので私は死んだぞなもし」
と、うらみました。
「わたしは、しかしお前さんにええものを上げる。これをのんでお忘れなされ」
と言って、墓のそばに生えていた青草をとって、また墓の中へはいってしまいました。おやじはその青草をきせるの中へつめてのみました。それが煙草の始まりだということです。