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双海町誌

第七節 金融機関

 双海地域における金融機関の発達は、製蝋業者・材木問屋等の商活動が盛んであった明治中期ごろからであった。
 一九〇二(明治三十五)年、(株)郡中銀行上灘代理店が開設された。そして明治四十二年、同代理店は郡中銀行の合併により(株)五二銀行上灘出張所となった。
 これに並行して、大洲銀行郡中支店上灘出張所も開設され、初代主任に井久保広造が就任したが、同行も一九三四(昭和九)年、合併によって予洲銀行となった。なお、五二銀行上灘出張所は、昭和十二年十二月十日の再度の合併により、(株)松山五二銀行上灘出張所となった。
 昭和十六年九月一日、今治・五二・予洲の三行が合併し、上灘では伊予合同銀行上灘出張所に一本化された。
 同行は、昭和二十一年四月十一日に支店に昇格した。更に昭和二十六年一月一日、同行が伊予銀行と改称されたため、伊予銀行上灘支店となった。
 その後、昭和三十四年五月一日に伊予銀行郡中支店上灘出張所となったが、昭和五十九年四月一日に再び支店に昇格した。
 そして一九九六(平成八)年九月、現在地に新築移転し、全町を経済基盤として現在に至っている。二〇〇四(平成十六)年三月現在の同支店の預金・貸出残高は、それぞれ一〇八億七七〇〇万円、二一億四九〇〇万円となっている。
 このほか、農業協同組合、漁業協同組合も金融事業を行っており、町民の経済活動や日常生活のために活用されている。