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中山町誌

五、 炊事の施設

 昔は土間が広く、奥のにわ(土間)に、くど(かまど)を二つか三つ並べて造った。その近くに流しを設けて横に水瓶を置き、食器や炊事用具を置く棚や戸棚を取り付けた。かまやを別棟にして茶の間の隣へ設けた家もあった。小さいくどには茶釜をかけ、中のくどには鍋や飯釜を、大きいくどには大釜をかけて、牛馬の煮物(はみ)を炊いたり、時には豆腐を作ったり、味噌豆を炊いたりするのに使用した。井戸は家の中にあったり、外にあったり様々であった。
 燃料は薪を使い、冬の間農作業の暇なときに山へ取りに行き、たきもの部屋に一年分を蓄えた。木炭は自家で焼く家もあったが、一般の家は、炭焼農家から買って使っていた。
 昭和四〇年頃から電気炊飯器や電気コンロが各家庭で使われるようになった。さらにプロパンガスが出現して急速に普及し、現在では薪や木炭はほとんど使用されなくなった。しかし、料理によっては木炭が見直されるようになってきている。