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中山町誌

二、 寺子屋の教科目と教授

 寺子屋の教授はいずれも個別教育主義で、進展も程度も極めて複雑であった。教科ほは筆跡教授が中心で、それに素読が加わるだけのところが多く、百人以上の寺子を収容している寺子屋でも、たいてい師匠一人であった。
 教授の時間は多くは昼間で、夜学は田舎に多かった。終始時刻は地域や季節によって差があるが、朝八時から午後四時が最も多く、通学生も季節により増減があった。
 教科目は多くは手習(習字)と素読とそろばんであったが、師匠にその道の嗜ある者は謡や花、俳句、中には剣道も教えていた。教科書は師匠の学力に応じて適当に選ばれたようで、本県独特のものでは『松山往来』、『伊予風土往来』、『松山名所尽』、『宿原詣』等があった。読書では、習字の手本以外に四書五経・小学水戸黄門記・孝経・蒙求・三体詩などがよく選ばれていた。