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中山町誌

六、 農業委員会の設置 ①

 農地改革については、農地委員会の組織があり、生産計画及び食糧の供出については、農業調制委員会の組織があり、農地改良普及事業については農業改良委員会の組織があった。それぞれの立場において農政に参加していたが、前述のように農地改革は進行し食糧事情も緩和し、農業技術の改良普及も一応整備されたので、我が国の農業に与えられた本来の課題である農業近代化への道が求められるようになった。即ち、農業生産力の発展と経営の合理化を図り、農民の努力と、国、県、市町村が一体となっての強力な施策を集中するため、自主的代表機関が要望されることとなった。そこで第一〇回国会において農業委員会法が成立し、三つの委員会の機能を統合して新しい農業行政に参与できる農業委員会の設置が制定されたのである。
 昭和二六年七月二〇日全国一斉に市町村農業委員会委員の選挙が執行され、委員が公選されると共に農業団体及び議会の推薦による委員も選任され二〇名の定員をもって発足した。

 合併後の農業委員会
 昭和三〇年二月一日、中山町と佐礼谷村は歴史的な合併を敢行した。
 このことは、中山町の農政のみならず、すべてにおける歴史の転換を意味するものであって、その変換による各部門に対する影響は計り知れないものが予想された。
 農業委員会も町村の合併に伴い一つの委員会即ち、中山町農業委員会として発足することになった。

第一回農業委員

第一回農業委員


第二回農業委員

第二回農業委員


合併後の第一回農業委員

合併後の第一回農業委員


合併後の第二回農業委員

合併後の第二回農業委員


合併後の第三回農業委員

合併後の第三回農業委員


合併後の第四回農業委員

合併後の第四回農業委員


合併後の第五回農業委員

合併後の第五回農業委員