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中山町誌

第二節 広報活動の状況

 町行政を円滑に遂行するには、住民の町政に対する意見や要望を懇切に聴取し、これに応えることはもとより、為政者の意図するところを住民に適切に伝達することが肝要である。
 本町におけるこの伝達方法としては、区長会及び区の常会・広報紙・防災行政無線放送・町政及び「お茶の間懇談会」等を主軸としているが、以下これらの概要について記すこととする。

 (一) 区長会と行政
 区長は町内各部落住民の取りまとめ役であると共に、町行政機関と住民との連絡調整を図り、納税等町の一部委託事務も処理している。
 また、町の行政執行に要する関係文書等の配布及び伝達はもとより、町行政に対する意見具申を行う等、町の自治を推進して行く上で重要な役割を担っている。
 戦後は、区長の選任は集落民の自主的運営に基づいて行われているが、戦前は町村議会における選挙・推薦により選任されていたことを、佐礼谷村の議案等によって窺い知ることができる。
 民主的な町行政の推進を図るためには、いかにして住民の率直な意見を引き出して、これを町政に反映させるか、また、いかにして町政に対する町民の理解を深め、積極的な協力を求め得るかが課題となる。
 このようなベースの上に立って昭和六〇年(一九八五)七月二〇日、中山町区長会会則が施行され、区長会が自主的な機構として強化されることとなった。
 この会則に基き、区会長に会長一名、副会長二名、理事八名の役員を総会において区長のうちから互選することとなった。
 現在までの歴代中山町区長会長を掲げると次のとおりである。

     (初代会長は昭和六〇年七月二〇日から就任)
 昭和六〇年度  初代会長 上岡 哲男(豊岡二)
  〃六一年度  二代〃   森岡 薫明(門 前)
  〃六二年度  三代〃   藤岡 輝雄(泉町三)
  〃六三年度  四代〃   峯本 政幸(泉町四)
 平成 元年度  五代〃   大松 義一(豊岡二)
  〃 二年度  六代〃   坂口 行利(下長沢)
  〃 三年度  七代〃   宮田  尚(榎 峠)
  〃 四年度  八代〃   同
  〃 五年度  九代〃   中岡 久志(福 岡)
  〃 六年度 一〇代〃   山岡  赳(大 矢)
  〃 七年度 一一代〃   石山 貞義(永 木)

 (二) 「広報なかやま」
 「広報なかやま」は、町行政並びに町議会に関する事項をはじめ諸行事の開催、その他町民に周知する必要があると認められるものが掲載され、長く町民から親しまれてきた。
 広報紙として古いものでは、大正一一年(一九二二)一月一五日に発刊された佐礼谷村報第一号がある。
 この村報には発刊の辞が次のように記されている。

 「御互ニ世ノ中ノ事ハ知リタイ人ニオクレヲトリタクナイ。此ノ意味ニ於テ各位ハ新聞ニ雑誌ニ読書ニ講話ニト夫々修養ノ道ヲ講ジラルヽハ御同慶ノ至リダ。
 然シ燈台本暗シノ譬デ案外他ノ事ハ知ツテモ村内ノ事ガワカラナイ。凡ソ物ハ近キヨリ遠キニ及ボス法則ヨリ御互ニ村内ノ事ハ常ニ知リタイ。何トナレバ知ル事ハヤガテ愛スル本デ愛郷心ノ本源ハ眞ニ村ヲ知ルニアルカラデアル。
 茲ニ見ル所アリ松本村長・船田氏等ノ首唱卜明月會員ノ共鳴ニヨツテ漸ク産聾ヲアゲ初・(号へんに乕)ハ大正十一年ノ望多キ一月十五日ヲ以テ発刊スルコトニナツタ。此ノ擧が果シテ如何ナル結果ヲモタラスカハ村民各位ノ御活用如何ニ依ル事卜信ジ諸賢ノ御活用ト御援助ヲ乞フ次第デアリマス。聊力蕪辞ヲノベテ発刊ノ辞トシマス。
 『知識ナキ熱心、暗夜二遠征スルガ如シ』
 人ノ目は奇妙ナルモノヨ一里ノ先が見エテモ自分ノ眉毛が見エズ。」

 昭和三〇年(一九五五)五月一日に新町発足後最初の中山町報創刊号「なかやま」が発刊された。
 この創刊号には、町長・亀本好恵の就任挨拶、町議会議長・櫻木寛一郎の挨拶と施政について、をはじめ、昭和三〇年度部落役員及び世帯人口調査(四月一日現在人口一万五四〇、世帯数一、九三〇)町議会正副議長・各常任委員の決定、農業委員会・教育委員会成立、選挙管理委員・監査委員の決定等、・新中山町の誕生にふさわしい重要な記事が列挙されている。
 その後、昭和三三年一二月一五日付第三〇号までは、発行人中山町長、編集中山町総務課であったが、昭和三四年五月一五日から発行人中山町公民館長、編集は同公民館編集委員会に移管され、再び「なかやま」第一号として発刊されている。
 広報なかやまの発行は、原則として毎月二〇日(但し、一二月は休刊)であり、平成六年三月で第三〇一号を数える。

 (三)防災行政無線
 従来の町内への情報伝達方法としては、各集落単位の有線放送設備を利用するに過ぎなかったが、まだ全集落にわたって整備がなされておらず中には老朽化の著しいものもあり、役場・その他からの一斉放送が不可能であった。

 そこでこれを改善するため、町では検討委員会を組織し、他県(徳島県等)のCATV・防災行政無線施設の視察を行うと共に、区長会を通じて事業概要を説明の上理解と協力を求め、次のような目的で平成元年(一九八九)度より防災行政無線システムを導入することとなった。
 この情報連絡施設を整備することにより、町内の農林業家に対し営農情報・市場情報等、絶えず流動する農林業情勢を適確・敏速に伝達し、生産性の向上を図ると共に、町民に直接行政事務・医療事務・交通安全・防犯・火災予防及び諸行事に関する情報を周知し、みのりある町づくりを進めることが容易となる。
 また、震災及びその他自然災害による緊急時の安全対策・避難方法及び災害の状況等を町内全域に速やかに伝達し、町民の安全に資することができる。

 (四) お茶の間懇談会
 身近な行政に関する意見交換を行うことにより、地域住民の自主的なコミュニティづくりを助長すると共に、住民のニーズを把握し、生活福祉行政の的確迅速な推進を図る趣旨で、昭和四八年度から愛媛県との共催によりお茶の間懇談会を開催している。
 開催対象地域は、中山・永木・野中及び佐礼谷の各小学校区で、順次年一回開催し一会場の出席者は約四〇名、出席者の顔ぶれは各種団体の長又は役員等が主である。
 懇談の内容は、主としてコミュニティづくりを中心とした身の回り行政に関する事項等であるが、本町では道路の改良のほか、土木事業に対する要望意見が比較的多く出されてきた。
 円滑な町政を行うためには、町民の生の声を聞き、これを速かに行政に反映することが極めて緊要な課題であることから、本町ではこの目的に沿うため、町独自で開催している町政懇談会と相まって本事業の推進を図っている。
 今までに実施されたお茶の間懇談会の開催状況の一部を示すと表10―1のとおりである。

表10-1 お茶の間懇談会開催状況

表10-1 お茶の間懇談会開催状況