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伊予市誌

七、泰昌山栄養寺の美術工芸品

 山門 
 市内灘町にある栄養寺の山門は、一六三七(寛永一四)年の創立であったが、当時のものは中村明音寺から移してきて建てたものであった。
 一八四五(弘化二)年に再建することになり、住職は大工とともに大阪に出向いて、一本一本材木を確かめて持ち帰った。第270図のとおり、唐様破風造りで、桃山風の彫刻を施しているなど、均整のとれた見事な出来栄えを見せている。三浦佐蔵の作と伝えられている。

 寺宝の書画 
 秀頼の書と伝えられる花押のついた書幅、僧学信和尚の書数点、長沢芦雪・周文などの絵がある(第271図・第272図参照)。