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伊予市誌

二九、称名寺裏の化け物 (上吾川)

 十合の称名寺から東南へ約一〇〇㍍あまりはいった奥は、昼なお暗い杉の林になっている。人がめったに行かない所だが、ここに二間(約三・六㍍)と、九尺(約二・七㍍)の古びた庵寺があった。庵の中は、人が住まぬままにうす暗く、どうなっているかしかとわからない。軒には、つたかずらか巻きつき、杉の枝もおおいかぶさっていたという。
 昔はきちんとしていて、人もよくお参りするお堂だったのだろうが、いつころからか、化け物がでるといううわさがたちはじめた。国々を回る修行者の中には、このうわさを聞くと、わざわざここに来て泊まり、化け物の正体(ほんとうの姿)を見とどけようと意気ごんだ者もあったが、皆、正体をよう見破れないで、一晩でこりて逃げだしたという。
 今から一〇〇年ほど前の一九〇一、二(明治三四、五)年のころのこと、たまたま西国三十三か所、四国八十八か所を巡拝していたひとりの僧が、この称名寺に来合わせて、この話を聞き、
「それは近ごろ、おもしろい所へ来たものだ。どんなあやしいものかしらんが、私の法力でやっつけてみよう。」
と、さっそく、この庵へやってきた。来てみると、うわさに聞いた以上にものすごい所で、中は足の踏み場もないぐらいであった。しかし、気丈で力に自信のある僧だったので、少しも恐れず庵の中にはいった。そしてまず、落葉やはこりを掃き出してきれいにし、静座して、しばらく声高らかにお経を読み上げていたが、別に変わったこともなかった。やがて、夜になったので、持ってきた薄いふとんを敷き、枕もとへは持っていた守り仏をすえて、ひじを枕に眠ることにした。こうして目をつむったときに胸さわぎがした。ぱっと目をあけると、薄暗い明かりの中に、身の丈五、六尺(約一・六㍍)ほどのものが、近づいてきて、この僧のふとんの中にはいってきた。全身に針金のような毛がはえているようだ。それが僧の体にさわってくるので、その気味悪さといったらなかった。しかし僧はじっとしていた。ただ、心の中で一心にお経を唱えたけれども、あやしいものは出ていこうとしない。よし、そんならこっちで正体をしっかり見ようと、立ち上がろうとしたが、金しばり(動けないように、しっかりしばられる)になったようで立てない。さすがに大胆な僧もこれには驚きあわてて、なおお経を口の中で唱え続けた。すると、このお経の力か、あやしい者は、ごそごそふとんからはい出したと見ると、急に宙 (空中)を飛んで、不思議にも小ぶろしきぐらいの物になったかと思うと、仏壇の古い位牌の後ろへ尾を引いて、消え失せてしまった。僧は、この後も四、五日、この庵に泊まってみたが、いつも初めのときと同じで、たしかな正体を見究めることができなかったので、ついにこの庵を立ち去ったという。