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伊予市誌

二〇、五色浜の石 (灘町)

 今から八二〇年ほど前、平家の一門が源氏に追われて、長門(山口県)の壇の浦で亡ぼされて間もないころ、郡中の浜辺に、それは美しい五人の姫が小舟で流れ着き、やっと小屋らしいものを建てて、寂しく暮らし始めた。
 そのころの郡中の浜辺は、今とちかって、松の林の陰に家もまばらで、村人たちは浜浦で漁などしてくらしていた。みんな貧しい暮らしだったから、ここらあたりでは、今まで見かけたこともない美しい姉妹らしい五人の姫たちについて、いろいろなうわさはし合うものの、どうしてやることもできないでいた。
 今日も五人の姫は、浜辺の松のもとで悲しくたたずんでいた。伊予灘の波は穏やかで、沖はぼうっと霞んでいた。ふと足もとを赤い小さなカニがはっていくのを一番上の姉の大姫が見つけた。
「まあ、加わいい赤いカニだこと。赤いカニ、赤いカニ、赤い旗、ああ。」
と、ひとりっぶやいた。姉姫は急にあの平家の赤い旗が、壇の浦の波間に沈んでいった悲しみを思い出したのであろうか。急にきつい顔になって、
「それにつけても憎いのは、源氏の白い旗。そうだわ、どこかに憎い白い源氏ガニはいないかしら。見つけて踏みつぶしてやりたい。さあ、みんな、ぼんやりしていないで、憎い源氏の白ガニを見つけるんですよ。早く行って。源氏ガニを見つけておいで。さあ、早く。この足で思いきり踏みつぶしてやるから。」
白いカニなんているのかしら。四人の妹姫たちは、ともかく姉姫をなだめて連れて帰ろうとしたが、血相変えて叫びつづける姉姫には逆えなかった。
 四人の妹姫は、仕方なくその辺りの砂浜を探して歩いた。翌日も、また翌々日も、朝から晩まであちこちと、石をひっくり返したり、砂を掘ったりして一生懸命探したが、見つけることはできなかった。見つかったのは、茶色や灰色やまだらや、たまに赤いカニなどばかりであった。こうして、七日間がんばったけれども、どうしても白いカニを見つけることはできなかった。
「まあ、四人もいて、たった一匹見つけるのに、どうしたというの。情けない人たちだこと。見つけるまで、もう帰らなくてもいい。」
姉姫にこうまできつく言われて、四人の姫は途方にくれた。泣く泣くまた砂浜に出ると、そこに座わりこんでしまった。体はもうくたくたに疲れきっていた。手足も、かすり傷や切り傷で血がにじんでいた。
 そのうちに誰言うとなく、こうなっては、カニにおしろいを塗って白いカニにして、持って帰るよりほかに方法はないということになった。こうして持ち帰った白いカニを姉姫は見て、はじめてにっこりした。そして、そのカニを妹姫から取り上げると、傍の手洗鉢に投げこんだ。すると、おしろいがとけて、白いカニは、もとの赤いカニになってしまったではないか。姉姫の顔がみるみる変わってきた。この妹たちにさえだまされたのかと思うと、怒りが爆発した。とっさに横にあった太刀を手にとると、すぐ目の前の末姫に切りつけた。赤い血がぱっと飛んだ。外の三人の姫が止める間もなかった。恐ろしさのあまり、あっと叫んで逃げ出したが、あのときの姉姫の狂った形相が目さきにちらついた。
「もう帰れない、逃げきることもかなわない。いっそ死んでしまおう。」
と泣きながら、三人抱き合って青い波間に身を投げた。
 もう三人の妹姫は帰ってこない。その夜、姉姫は死んでしまった末姫の屍を抱いて、
「憎い源氏、源氏を討ちとった。」
と叫びながら浜辺を狂いさまよっていたが、やがて昇ってきた月の光を波間に見ると、
「あゝ、あそこに妹たちが。」
と叫んで暗い海中に飛びこんでしまった。
 悲しい物語である。今もこの海辺には、赤・白・青・黄・黒の五色の石が寄せては返す波にさらさらとぬれて光っている。かわいそ
な五人の姫の悲しみを語りかけるように。
 この後、誰言うとなく、この浜を五色浜と呼ぶようになった。