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伊予市誌

2 小学校施設の変化

 校舎講堂の建築 
 一九三八(昭和一三)年、北山崎小学校に校舎と講堂が落成し、一九四二(昭和一七)年一一月、郡中東国民学校に講堂が新築落成した。建坪は二一一坪で工費は三万五、一〇〇円を要した。

 戦時色の環境整備 
 戦争が進むにつれて、尽忠報国、至誠実行の教育環境の整備が行われた。このごろの奉安殿・銅像などの建造物には、第170表のようなものがあった。
 なお唐川小学校でも、奉安殿建設の議が起こり、一九三九(昭和一四)年建設協議会ができたが、位置が決まらぬため延び、一九四四(昭和一九)年着工準備中に終戦となった。
 一九四二(昭和一七)年、戦争が次第に激しくなるにつれて、金属の回収のために各国民学校に建設されていた銅像は、ついに撤去されて国へ献納した。
 一九四五(昭和二〇)年五月七日の午後五時一三分、貴賓室と郡内唯一の図書室をもっていた郡中旭国民学校本館校舎が、火災のため焼失した。原因は放火であった。ただ職員室のあった一階が少し焼け残ったのを、同年九月平屋として復旧した。

第170表 奉安殿・銅像一覧表

第170表 奉安殿・銅像一覧表