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伊予市誌

3 青年学校教育の振興

 青年学校の発足 
 小学校を卒業した男子勤労青年は、教授、訓練を実業補習学校と青年訓練所と二つの教育機関で受けていたが、教練を除くと両者は共通の面が多かった。そこで両者の統合を要望する声が次第に高まり、一九三五(昭和一〇)年四月、文部省は青年学校令を公布した。
 これによると、青年学校は「男女青年ニ対シ其ノ心身ヲ鍛練シ徳性ヲ涵養スルト共ニ職業及実際生活ニ必要ナル知識技能ヲ授ケ、以ヲ国民タルノ資質ヲ向上セシムルヲ目的」とし、その課程は、普通科二年、本科男子五年、女子三年、研究科一年以上を原則とした。教授訓練科目は、普通科では修身及公民科・普通学科・職業科・体操科とし、女子には家事及び裁縫科を加えた。本科男子では体操科が教練科に代わるが、女子は普通科と同じであった。研究科は本科に準じて適宜定めることになった。
 当地方の青年学校 
 新しい青年学校令に基づいて、一九三五(昭和一〇)年一〇月一日に設立された当地方の青年学校は第164表のとおりである。それによると、各町村にそれぞれ一校の青年学校が設立され、郡中を除いては、いずれも男女を収容した。

第164表 青年学校の設置状況(昭和10年)

第164表 青年学校の設置状況(昭和10年)