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愛媛県史 資料編 考古

四一 妙見山古墳(E〇九五・一〇〇)

 越智郡大西町宮脇拝田

 高縄半島の北西部に大西町がある。町にそびえる重盛山の眼下に平野が広がっており、平野は品部川、宮脇川、山之内川によって分断され、その内の一つ、宮脇川に接して延びる丘陵中腹の小高い所にあり、通称は寺谷の高妙見山と呼ばれている。標高八〇mで、周辺には草木が茂り、遠方からはわかりにくい。主軸方向は東西で、全長五四m、後円部直径三六m、前方部二九m、後円部高五・五mの前方後円墳である。石室は墳頂下約一mに天井石があり、主軸に平行で約七m、幅一mの竪穴式石室で床面は粘土床であった。割竹形木棺を置いていたものと思われる。墳丘には玉石が散在し、墳丘をとりまく二段の葺石が存在する。朝顔形埴輪片、円筒埴輪片が、この葺石に混じって散在している。古墳の保存状態はよく、築造当時の状態が保たれている。その他の遺物は不明であるが、古墳の立地、墳形、石室などから、四世紀末~五世紀代に入るものと思われる。相の谷前方後円墳を今治地方の首長墓として考えた時、妙見山前方後円墳は、大西地方の首長墓となる。唐子台遺跡群の前方後円墳などと異なる築造法の当墳は、相の谷前方後円墳と同様、当地方古代史の要となる古墳である。(八木武弘)