データベース『えひめの記憶』

えひめの記憶 キーワード検索

愛媛県史 資料編 考古

ニ八 野々瀬古墳群(E〇五七)

 越智郡朝倉村南野々瀬

 今治市の南隅を流れる頓田川の上流、桜井宮ヶ崎より上手が朝倉村である。頓田川はここより曲がった谷間にはいっていく。やがて標高三二八・二mの笠松山を中心とした山塊と、世田山より桜井に延びる山塊の谷間に至る。この谷間に古墳群がある。以前の調査では一〇〇基以上を数えているが、現在は、蜜柑園や畑地に開墾され、四〇数基を残すのみである。墳形はすべて円墳で、直径一二~一五mぐらいの規模である。内部形式はほとんど横穴式石室で、片袖式、両袖式などもある。中でも大きいのは七間塚で、県指定史跡となっている。墳丘径一五m、高さ五m、石室全長八・九m、玄室長五・二m、羨道長二・六mである。次に大きいのは王塚(二九号墳)で、墳丘は蜜柑園として少し削られ小さくなっているが、石室は完全に近い。石室の大きさは当古墳群中一番大きく、玄室高二・六m、幅二・五m、奥行六mである。現在も開口している。出土遺物は朝倉村小学校などに、須恵器、鉄器、玉類等多く保管されている。時期は、六世紀から七世紀代のものがほとんどで、後期の一大群集墳となる。また当古墳群一帯は弥生時代の遺跡でもある。(八木武弘)