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愛媛県史 学問・宗教(昭和60年3月31日発行)

二 文法(ことばづかい)の生活

 ネヤ

 東京ことばは「ネー」ことば、「そうだ ネー。」などと言う。伊予のおたがいは、そういう「ネ―」をよそことばと称したりして、しかも、「ソージャ ネヤ。」などと、「ネヤ」は、県下の多くの人がよく言っている。これはまったく別のものというわけか。しかし、「ネヤ」には「ネ」がふくまれている。
 県北の岩城島の人など、「ネヤ」を常用して、しかも、共通語ふうの「ネー」には無関心である。(古老たちは、「ネー」にまったく無縁であった。)ちなみに、中国地方には「ネヤ」がない。
 「ネヤ」はくだけだことばではないか。「ヤ」のねうちが光っている。伊予びとは「ヤ」を好んできた。
ケー ゲー「アカイ」(赤い)を「アケー」とは言わないのに、伊予びとわれらは、「そうかい。」を「ソー ケー。」と言う。中予に「ケー」がさかんである。また、中予方言下では「ゲー」(がい)もよく聞かれる。むかし、松山市の小学校六年生たちが、広島市・呉市のほうに旅行して、「ゲー」ことばをかまわずつかった。気をきかせた一人が言った。「オマイラー、センセガ ゲーゲー ユワレン オイトロ(お言いたろう)ケー。」
 今の人も言う。「ことばに そんなに エンリョ センデモ ヨカロ ゲー。」

 おくにじまん

 方言も、おくにじまんのたねになる。伊予の自慢の伊予ぶしにも、ちゃんと方言が歌いこまれている。「伊予の松山 名物名所。みどりしたたる勝山城。鷺が手引きの道後温泉。子規の庵や石手川。孝子桜に小富士桃。おくになまりは今もなお、アバ ナ。ダンダン。オイキン カ。サッチニ オシナヤ。アノ ナモシ。チョイト ワルイ ネヤ。」(山城豊子さま教示)
 これだけはぜひともと、選び入れた方言のかずかずが、右のものではないか。さすがである。今は伊予路にほとんど掘りおこしようもないほどの「アバ ナ。」が、第一にとりあげられている。「アバ」は「さらば」である。これが古来の別辞(さようなら。)であった。「ダンダン。」は謝辞である。これは、今も伊予路の南北広くに見いだされる。

 「オタタキ!」

 「お叩き! お叩き!」と、いきおいこむ。これが松山の若夫婦のけんかのことばであったという。私は、南予の人からその実見談を聞かされた。 中予は、「オイデル」をはじめとして、「オ行キル」「オしル」と、「オ」をよくつかう。つかえばていねいみが出、やおらかみが出る。げんかでも、「オ」がつかわれると、なんとなく品が出てくる。
 今日も、女性の友人どうしのげんかで、「ナンボデモ オタタキ ヤ。」などのことばづかいがなされても、おかしくないという。
 「オタタキ。」「オアガリ。」などは、「叩く」「上がる」という動作語の、連用形という一活用形の利用されたものである。この形をつかった言いかたをすれば、ことばづかいはていねいになる。伊予弁の中には、このことばづかいの習慣がつよい。
 「オハイリ ヤ。ハヨー オアガリ ヤ。」、「ハヨー オイキ ヤ。」などと、最後に「ヤ」をおくことも多い。
 「ハヨー イキ ヤ。」となって、「オ」がとれても、やはりていねいかげんである。

 「ヤンナハイ ヨ。」から「キサイ ヤ。」へ

 南予のていねいは「ナハル」「ナハイ」が受けもっている。大洲市内で見たのは写真7の光景である。宇和島駅内の売店で見かけたのが 「きさいや」(写真8)である。東予で早くも列車中に見かけたのが、写真9の「きさいや・おいでなせ」である。「来サイ」は「来なさい」の「な」略である。宇和島方面でよくつかわれている。「コッチー キサイ ヤー。」は宇和島独特であるという。さて、「何々しなさいよ。」のばあい、「シナハイ ヨ」が最上で、「シサイ ヨ」はそのっぎに位するものとのことである。「シナハイ」は、「サ」が「ハ」となっていても、よい感じのことばなのであろう。「ナサイ」が「サイ」に略されると、それだけに、ねうちも下がるのか。
 「おいでなせ」の「なせ」も、本来は「なさいませ」である。ずぃぶんちぢめられた。が、もとがもとなので、「なせ」もよいことばである。宇和島市でのこと、辞去する人に、「マタ キテ ヤンナセ ヤー。」と言えば。これは、「また来てくださいね。」との、ていねいなあいさつである。南宇和郡下でも、「センセ 聞キナセ ヨ。」などが聞かれる。
 宇和島市内の調査では、畏友横山政晴兄のご高助にあずかった。兄のお宅で、種々ご教示をくださった三好成雄氏が、この家を去られる時に、私に向かって、もっともしぜんに口にされたのが、
  「ホッタラ、先生、オミチヨク。」
であった。「そうしたら」の「ホッタラ」が出た。これが、以下の表現の自然さをよくあらわしていよう。しぜんに出た「お道よく。」、これの、なんと美しいことばであることか。

 東予の「ことばあそび」

 北条駅の売店で、小松出身の人から教えられたものに、つぎの言いぐさがある。
  サイジョ ネ―ネ―。ヒミ ノンノン。コマツニ カギッテ カンカンカン。
   (西条「ネ―ネ―」。氷見「ノンノン」。小松に限って「カンカンカン」。)
西条はネーネー」であるという。もの言いのおわりにつけることばである。「ポーシャ ネー。ウチラモ ネー。」などの言いかたがされている。氷見では「ホーシャ ノソ。」などの言いかたがされているという。小松は「ホーカンヤー。」(そうか。そうですか。)などである。(「ホージャロ ガン。」などともある。)
 県下の諸地方に、こうした言いぐさができているのではなかろうか。